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他にもオンライン教育の設計に影響を与えたものとして、軍隊での教育や遠隔教育で用いられていたものがあります。
4.3.1 ADDIE とは何か
ADDIE に関して書かれた書籍は多数あります(Morrison, 2010 や Dick and Carey, 2004 などを参照)。ADDIE とは以下のものを意味しています。
Analyse(分析)
- コース設計にあたって必要な、全ての未確定要素を特定します。例えば学習者の性格、学習者のこれまでの知識、利用可能な学習資源などです。この段階は本書の付録Aで触れられている学習環境の抽出にも類似しています。
Design(設計)
- この段階では当該コースの学習目標、教材がどのように作られるか、どんな要素が必要なのかを決定することに重点を置きます。例えば、どんな領域の学習内容を網羅すれば良いのか、全体像として本文、音声、動画、その他の教材をどのように配置するか、さらに LMS や動画、ソーシャル・メディアといったテクノロジーを使うかどうか、どのように活用するかについても、この段階で扱います。
Develop(開発)
- 教材コンテンツを作成する段階です。独自で作成するのか、外注するのかの判断、利用する素材の著作権利用許諾申請、Web サイトや LMS への掲載などが含まれます。
Implement(実践)
- 実際のコース配信段階です。学習者を支援するスタッフに対する事前の研修や説明、さらには学習者の評価も含まれます。
Evaluate(評価)
- 改善の余地がある部分を特定するために、フィードバックやデータを集めます。この結果を用いて、次の設計、開発、実施のサイクルへと繋いでいきます。
E-LEARNING の実施にあたって:公認研修の体系化のための道具一式
左上から時計回りに
PREPARATION(事前準備)どのように実施するか、誰が実施主体となるかプロジェクトの目標
ANALYSE(分析、予算の10%)
DESIGN(設計、予算の36%)
DEVELOP(開発、予算の35%)
IMPLEMENT(実施、予算の4%)
EVALUATE(評価、予算の7%)
4.3.2 ADDIE はどこで使われているか
ADDIE はテクノロジー基盤型教育の設計のために、専門家として活躍するインストラクショナル・デザイナーの多くが用いています。ADDIE は紙ベースであれ、オンラインであれ、質の高い遠隔学習の設計のための基準として使われてきました。また、企業における eラーニングや研修でも広く活用されています。ADDIE には様々なバリエーションがあります。私が好むのは「PADDIE」であり、Planning または Preparation が最初に加わります。このモデルはぐるぐると回るように利用されるものであり、評価の結果が次の分析に、さらに設計や開発の改善へと繋がっていきます。ADDIE が広く利用されている理由の1つには、このモデルが大規模で複雑な教育設計にも利用できる点があります。ADDIE の起源は第二次世界大戦の時、ノルマンディー上陸作戦における非常に複雑な作戦を遂行するために開発されたシステム設計に遡ります。
多くのオープン大学、例えばイギリスのオープン大学(以下、OU)やオランダのOU、カナダのアサバスカ大学やトンプソン・リバース・オープン大学などは、複雑なマルチメディア遠隔教育のコースを運営するために、ADDIE を今でも広く活用しています。20,000人の入学者とともにイギリスで OU が開かれた1971年当時、OU はラジオ、テレビ、特別に設計された印刷教材、教科書、論文の別刷などの教材が課題図書として学生に郵送で届けられ、20名ほどの大学関係者、メディア作成者、コース作成のためのテクノロジー支援スタッフ、大勢のチューターや上級カウンセラーによる学習支援の配信などを含めた学習グループが地域別に用意されました。2年間におよぶコースの作成と運営には、組織的なインストラクショナル・デザインなしでは不可能でした。2014年時点では200,000人以上の学生を抱えていますが、今でも OU は強力なインストラクショナル・デザインのモデルを使っています。
ADDIE とインストラクショナル・デザインのモデルの起源はアメリカですが、イギリスの OU が高品質な教材を開発することに成功したという事実は、他の多くの施設における遠隔教育で、小規模なスケールの ADDIE の利用に影響を与えてきました。さらに言えば、1人の教員と1人のインストラクショナル・デザイナーだけでも利用できます。少しずつ遠隔教育のオンライン化が進んできてからも ADDIE は存続しており、多くの教育機関で、インストラクショナル・デザイナーたちは大規模講義、ブレンド型学習、完全オンラインのコースなどの再設計に今でも利用されているのです。
4.3.3 ADDIE の利点
これだけ成功してきた理由の1つは、良質な設計と密接に関係していたからでしょう。つまり明確な学習目標があり、入念に構造化された教材コンテンツがあり、教員および学生の実施プロセスのコントロールが可能で、メディアが統合され、関連性の高い学習者の活動があり、理想とされている学習目標とその評価が強く結びついているなどの諸要素です。これらの要素の中には ADDIE に取り入れられるものもあれば、取り入れられないものもあるのですが、ADDIE は体系的かつ綿密に連携させて導入することができる設計原則です。また、質の高い多くのコースを設計・開発する際の有益な管理ツールです。
4.3.4 ADDIE の限界
ADDIE はどのようなサイズの教育にも利用できますが、巨大で複雑なプロジェクトほど適しています。少人数のコースや、単純あるいは伝統的な教室での授業設計に ADDIE を利用する場合、1人の教員の利用を妨げる要因は特にありませんが、コース設計やコース運営にかかる費用がかさんでしまったり、かえって余計なものになってしまいます。
ADDIE に関する2つ目の批判としては「着手のための大量の荷物」とも言えるほどに設計や開発に重きが置かれており、コース配信時の教員と学習者の間のやり取りがさほど重視されていないという点が挙げられます。このため構成主義者からは学習者ー教員間の相互交流に注意が十分に払われておらず、行動主義的な教育アプローチが重視されていると批判されます。
他に、5つの段階それぞれに関しては分かりやすく記載されていても、それぞれの段階でどのような意思決定をしていくべきかについての説明がないという批判もあります。例えば、異なる技術をどのように選ぶのか、どの評価手法を選ぶべきなのかといった運用基準や手順は提示されていません。教員が意思決定をするにあたっては、ADDIE 以外のところで判断する必要があります。
ADDIE を必要以上に勧めることは、結果として非常に複雑な設計となってしまい、教員、インストラクショナル・デザイナー、編集者、Web デザイナーなどが関与する必要性から、実際に配信できるまでに2年近くかかってしまうといったことも起こりえます。設計や運用体制が複雑になればなるほど、コスト的に超過してしまう可能性や、プログラミングにかかる費用が非常に高額になってしまうこともあります。
私が主に批判するのは、このモデルがデジタル時代にとって全く柔軟性にかけているという点です。教員はどれだけ速く、新たに開発される教材コンテンツや、新しいテクノロジー、日々開発されるソフトウェアに気を配りながら、常に変化する学習者の能力に対応しているのでしょうか。ADDIE はこれまでよく使われてきましたし、教育や学習のための良い設計の礎となってきましたが、多様な変化を伴う学習コンテンツを扱うにあたって、あまりに予定調和的で連続的なものであり、柔軟性にかけるモデルとなってしまっています。より柔軟な設計モデルについては4.7節で扱います。
アクティビティー 4.3 ADDIEモデルの活用
- 今、あなたが担当しているコースを1つ取り上げてください。ADDIE のうちいくつのステップを実施してきましたか。もしいくつかのステップを飛ばしてしまっているとしたら、その部分を実施することでより良いコースに改善できると思いますか。それぞれのステップで必要とされる作業を考慮した場合、得られる結果はその作業量に見合ったものだと思いますか。
- 新しいコースを設計することを考えている場合、図4.3.1 を利用してください。そして、そこで勧められている Analysis(分析)に関する4つのステップに沿ってみてください。これは図4.3.1の内容に入っていく最も良い方法でしょう。その内容は役に立つものでしたか。もしそうであるなら、さらにその先のステップに続けてみるのも良いでしょう。
- これまでにADDIE を使ったことがあるのであれば、その時は使ってよかったと感じましたか。私が提示した批判には同意できますか。今、あなたが扱っている業務内容に対してADDIE は十分な柔軟性を持っていますか。
参考文献
Dick, W., and Carey, L. (2015). The Systematic Design of Instruction. New York; 8th edition Pearson
Morrison, Gary R. (2010) Designing Effective Instruction, 6th Edition. New York: John Wiley & Sons