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(図中英文:落ち着いて正しい選択をしましょう)
4.8.1 教育手法・設計方法の選択
第3章と第4章では様々な教育方法と設計手法を扱ってきました。これ以外にも多くの教育方法・設計手法を含めることができるでしょう。まだ扱っていないものとして例えば MOOCs がありますが、MOOCs に関連する設計方法については第5章で扱うことになります。
教育手法と、その手法に基づく授業設計は、教えようとしている場面がどのようなものであるかということに強く依存します。しかし重要な基準は、学習者がデジタル時代において必要となる知識やスキルを習得するのに適した手法・設計になっているかという点です。他に考えられる重要な尺度としては、学習領域による要求、教えようとする学習者の性格、利用可能な学習素材などが挙げられます。そして何よりも学習支援の観点で重要なものは、あなた自身が「良い教育を構成するものは何か」についての捉え方と信念です。
第3章と第4章で扱われた教育手法は一般的にそれぞれが独立しているものではありません。両者は混在することもあり、ある程度までは等しいこともあります。しかし混在させることには限界があります。考え方は首尾一貫している方が、学習者だけでなく、教員であるあなたにとっても混乱が少ないでしょう。
では、どのようにして適切な教育手法を選ぶべきでしょうか。図4.8.1 に1つの方法を示します。ここでは表の見出しにある5つを基準として選びました。
4.8.1.1 認識論的基盤
それぞれの手法は、どのような認識論に基づくでしょうか。その手法では、学ばなければならない知識の全体像について、硬直した「正しい」形として学習を設計しているのでしょうか(客観主義的)。それとも学習とは動的な過程であり、知識とは発見されるべきものであると捉えながらも、常に変化するものとして提示しているのでしょうか(構成主義的)。あるいは知識とは繋がりの中にあり、様々な解釈は結節点、すなわちネットワーク上の他人から得られると考え、知識の創造や伝達にはそれぞれの結節点で他人と繋がることが重要であるという観点なのでしょうか(結合主義的)。それとも認識論的には中立であり、同じ教育手法を様々な認識論的立場から捉えるのでしょうか。
4.8.1.2 産業社会とデジタル社会(期待される学習目標)
それぞれの手法は、標準化された学習目標を採用した産業社会に役立つような学習の形態に繋がるのでしょうか。高等教育を受ける比較的少数のエリートや、社会における上位層を見極め、選び出すことに役立つのでしょうか。同じような能力を持った学習者集団に対する学習の容易な運営を可能にできるのでしょうか。
それとも柔軟なスキル開発を促進し、デジタル世界において求められる知識の効果的な管理に役立てることができるのでしょうか。新しいテクノロジーでできることを適切に教育で利用することを可能にし、支援していくのでしょうか。変わりやすく不確実で、複雑かつ曖昧な世界で、学習者が必要とするような教育支援を提供できるのでしょうか。学習者を支援して世界市民にすることはできるのでしょうか。
4.8.1.3 学術的な品質
それぞれの手法は、深い理解や他領域への応用が可能な学習に繋がるものなのでしょうか。学習者が選んだ領域で、その専門家に成熟することは可能なのでしょうか。
4.8.1.4 柔軟性
それぞれの手法は、今日の多様な学習者が求めるものに合致しているでしょうか。オープンかつ柔軟な学習へのアクセスを奨励するものでしょうか。絶えず変化している環境において、教員が自身の教育手法を順応させるのに役に立つでしょうか。
これらは私の評価基準ですので、他の評価基準があっても構いません。コストや時間なども重要な要素でしょう。しかし、この表を以上のような基準で作成したのは、私自身が様々な手法や設計モデルの中でどの位置にいるのか、より良く考える手助けになるからです。手法や設計モデルを特定の基準に当てはめた時、特に重要なものには3つ星を、弱いものには1つ星をつけています。また、該当しない項目にはn/aを付けています。繰り返しになりますが、あなた自身も可能な限り、これらのモデルにランクを付けてみてください。このように表現しているのは私が構成主義者だからです。もし私が客観主義者であれば、どうしようもない評価尺度を利用することを勧めてしまっていたことでしょう。
21世紀型の学習、学術的な品質、柔軟性の3項目全てが高い評価になったのはオンライン協調学習です。経験学習やアジャイルな設計も高い評価となっています。伝達型の教育は最も低い評価となっています。これは私の好みにかなり近い評価です。しかし、もしあなたが500名を超える土木工学の1年生に教えるとしたら、評価結果は私のものとは大きく異なることでしょう。ですから図4.8.1は気づきを得るためのものとして使ってください。一般的な提案ではありません。
4.8.2 設計モデルと教育・学習の質
最後に、それぞれの手法の概観から、教育の質に関する主要な論点を簡単に述べてみましょう。
- まず、学習者が何を学ぶかへの影響については、特定の技術や配信方法(対面かオンラインか)への重点よりも、教えている状況にあった適切な指導方法の選択に依存すると考えると良いでしょう。技術や配信方法は、どちらかと言えば学習についてというより、使いやすさ、柔軟性、そして学生の個性に影響します。学習そのものは教育学や教育設計に影響するところが大きいのです。
- 二番目に、異なる教育手法は異なる種類の学習目標に繋がる見込みがあります。これは本書で繰り返し、デジタル時代において求められる知識やスキルを明らかにするよう強調している理由でもあります。学習領域ごとに多少異なりますが、ほんのわずかな違いしかありません。学習内容を理解することは常に重要ではありますが、独学できるスキルや批判的思考、革新性や創造性に関するスキルの方がもっと重要です。あなたの学生がこれらのスキルを伸ばしていくのを支援するためには、どの教育手法が最も適しているでしょうか。
- 三番目に、教育の質は適切な教育手法の選択だけでなく、その手法が教育において、どのように実践されるかにも依存します。オンラインでの協調学習がうまく機能することもあれば、教育が損なわれてしまうこともあります。他の手法でも同じです。どのような手法を選ぶにしても、中心的な設計原則に従うことが最も重要な成功要因となります。また、新しい教育手法や設計モデルはどのような状況下で使えば成功するかという内容について、かなり多くの研究成果があります。このような先行研究の成果から得られた知見は、何らかの教育手法を実践する際にも適用していく必要があります。このことは本書を通じて紹介していきますが、特に第11章で扱っています。
- 最後に、学生と教員の関係は、授業実践が良ければ良くなるものです。もしあなたが新しい教育手法や設計モデルに移行しようとするのであれば、あなた自身にも、そしてあなたの学生にも、慣れるまでの時間をかける必要があります。あなたが期待する結果を生み出し、利用した方法に快適さを感じるようになるまで、おそらく2〜3回分のコース運営が必要でしょう。しかし将来、世間から必要とされない卒業生を生み出すよりも、たとえ失敗をしながらであっても、快適に教えられるまで繰り返していくことが重要です。
これ以外にも、議論すべき重要な教育手法である MOOCs があります。これは次の章で扱います。
アクティビティー 4.8 選択する
あなたの主要な課題領域とレベルを記してください。その後、以下の設問に答えてみてください。
- もし学習者が将来に向けて適切な準備をしようとしている場合、そのコースまたは専攻プログラムで達成しようとしている(高次の)学習目標は何でしょうか。
- その学習目標を達成させていくためには、どの教育手法が最も適しているでしょうか。
- 現在、行なっていることをどのくらい変える必要がありますか。それによってコースや専攻プログラムはどのような形になっていくでしょうか。今後、どのように教育していきたいのか、そのシナリオを書き起こすことはできますか。また、どのように学習者はそのコースや専攻プログラムで学んでいくことになるでしょうか。
- 勤務先からはどのような支援が得られるでしょうか。この支援とは、アイデアの支援、変化・改善のための支援、新しい教育手法を学習する時などの資金提供、あるいはインストラクショナル・デザイナーなどの専門家からの支援などを意味します。
- あなたの学生は、いま考えている変更に対してどのような反応を示すでしょうか。もし彼らに「売ろう」とするのであれば、どうやって行いますか。
重要ポイント (第3章・第4章)
- 従来の教室における教育、特に一方伝達的な講義は別の時代に設計されたものです。確かに講義も多く提供されてはいますが、今は異なる時代背景があり、異なる教育手法が求められています。
- 重要な変更点は、スキルや、知識の管理が特に重視されるようになり、内容を暗記することの重要性が薄れてきたことです。私たちはデジタル時代に求められる技能の習得に繋がるような教育と学習に関する教育手法を必要としています。
- 全ての環境において「最適」とされる設計モデルは存在しません。設計モデルの選択には、それが適用される文脈も考慮する必要があります。それでもやはり、ある設計モデルは他のものよりもデジタル時代に求められる知識や技能の育成に有用です。私が関わる分野では、オンライン協調学習、経験学習、そしてアジャイルな設計が私の評価基準に合致しています。
- 設計モデルは一般的に、その配信方法には依存しません。ほとんどの場合、 オンラインであろうと教室であろうと成り立つものです。
- ますます変わりやすく不確実で、複雑かつ曖昧な世界において、私達には軽量で融通の効く手法が必要です。