i.なぜこの本が必要なのか
教員や大学教授たちは前例のない変化に直面しています。大規模クラス、多様な学生たち、説明責任を望む政府や雇用主からの要求、労働者になるための準備ができた卒業生の育成、そして何よりも、変革を続けるテクノロジーへの対処。このような状況の変化に対応するために、教員には、どのような変化や圧力に直面したときでも硬い基盤を持った教育を提供できるような、基礎的な理論や知識が必要です。
本書には多くの実用的な例が含まれていますが、それは教育手法の「料理本」にとどまりません。本書では以下の質問に答えています。
- 知識の変化における特性とは何でしょうか。知識の特性における異なる視点は、結果として教育へのアプローチにどのような違いをもたらすのでしょうか。
- 私の教育において最も助けとなりうる科学および調査研究は何でしょうか。
- 私の受け持つコースについて、対面にするか、完全にオンラインにするか、あるいは対面とオンラインのブレンド型にするかについて、どう判断すればいいでしょうか。
- テクノロジーが豊富な環境における教育では、どのような戦略が最もうまく機能するでしょうか。
- ブレンド型にしたクラスと、オンラインのクラスではどのような教育手法が最も効果的でしょうか。
- 教科書、オーディオ、ビデオ、コンピュータ、またはソーシャル・メディアなど、利用可能な媒体はいろいろありますが、私の学生と科目が最大の利益を得るためには、どのように選択すれば良いでしょうか。
- 急速に学習環境が変化する教育では、どのように高いクオリティを維持しながら作業負担を管理すれば良いでしょうか。
- MOOC(オンライン上にある大規模な無料の学習コース)、OERs(オープン教育リソース)、Open textbook(インターネット上で公開されている無償で利用できる電子教科書)を利用した教育や学習における真の可能性とは何でしょうか。
つまり本書では、全ての人、特に私たちが教える学生たちがテクノロジーを利用するという状況の中で、現代の効果的な教育へと導く基礎的な原理について検証していきます。本書では、あなた自身の教育について決定を下すための枠組みや指針が提示されています。全ての科目は異なりますし、全ての教員は教育する際に、独自の特別な考えを持っているということへの理解も忘れません。
最後に、本書は教員を対象としたものですが、教師論や指導者としてのあり方について言及した本ではありません。本書は学生がデジタル時代で必要になる知識とスキルの獲得を助ける、あなたのための本なのです。デジタルスキルについての言及はさほど多くありません。むしろ教育の成功につながる考え方や知識が収められています。このことを実現するためには、あなたが主人公であることが必須です。本書はあなたのコーチです。
ii. 本書が想定する読者
私がまず想定する読者は主に教育の向上を不安に感じている、あるいは教室の中で大きな問題に直面している中等後教育(専門学校・短大・大学など)の教員です。教室は大規模ですし、カリキュラムも急速に次々と変化します。そして特に中学校や高等学校の教員の方々は、教え子たちが中等教育を終えた後のことをどのように担保するか心配されているでしょう。時代は急速に変化しており、労働市場の不確実さに対して教え子たちが準備できているのかということに心を砕いています。特に本書は教育におけるテクノロジーの活用を最も効果的に進めるために、何をすべきかが見えないという方々のために書きました。
本書では中等後教育の事例を多く含んでいますが、多くの原理や原則は中学校の教員、あるいはその前の小学校や幼稚園の教員にも応用できるでしょう。私もかつて小学校で教えた経験があるので分かりますが、このような学校では短大や大学と比べて、素材やテクノロジー活用への支援がはるかに少ないことを理解しています。
本書を通じ、私は「インストラクター(講師)」という言葉と格闘せざるを得ませんでした。なぜなら本書では中等後教育であったとしても、教育の伝達モデル(インストラクション)から学習の円滑化(ティーチング)へとシフトする必要があることを述べていくからです。「インストラクター」という言葉は、中等後教育と幼稚園・小学校・中学校・高等学校を区別するためにしばしば利用されるものです。「ティーチャー(教師)」という言葉は後者に使われます。したがって、本書を通じて両方の言葉をほぼ交互に利用することにします。ただ、私の望みは私達が全て、最終的にインストラクター(講師)よりもティーチャー(教師)になることです。
(訳注:ここでは本文での区別について述べられていますが、訳文では teachers and instructors をまとめて「教員」で統一しました。ちなみに日本語では講師・教師はほぼ同じ意味になりますが、語源的には instructor は「内部に構造を作る人」、teacher は「示しながら円滑に進める人」という意味です。)
最後に、本書はテクノロジーに主要な焦点を置いていますが、現在の人間教育を土台とするシステムを破棄したり、高度にコンピュータ化された教育モデルに置き換えたりすることを提唱するわけではありません。実体を伴った改革が大きく求められていますが、十分に資金が提供され、なおかつ公的に支援された教育システムには、今後も永続させるべきクオリティーがあると信じています。これは高度に訓練された高い資格を持った教員の方々によるものです。テクノロジーによって置き換えることは不可能ではないとしても、難しいものとなるでしょう。本書では学習者と教員の両方が、テクノロジーを上手に活用する方法に重点を置いています。
iii. なぜ「オープン」テキストブックなのか
本書はクリエイティブ・コモンズのCC BYライセンスを通じて著作権を保持していますが、第10章で述べる5つの全ての方法において「オープン」です。
- 再利用可能:あなた自身の目的のために、作品の全て、または一部の利用が許可されています。(例えば、許可を求めたり、何らかの支払いをしたりすることなく、本書のいずれかの部分または全てをダウンロードし、あなた自身の教育または研究に利用することが可能です。)
- 再配布可能:他の人々と作品を共有できます。(例えば、本書の一節を同僚や学生にEメールで送ることができます。)
- 改訂可能:許可を求めることなく、あなた自身の目的のために、本書のあらゆる部分を取り除いたり、変更したりすることができます。また、一部または全体を他の言語に翻訳することができます。
- 混合可能:本書の一部を取り除いたり、他の「オープン・ソース」の素材や教材と合わせて、別の教材を作ったりすることができます。(例えば、ポッドキャストの一部を本書から取り除き、それらを他のオープンテキストブックの文章と合わせて、新しい作品をつくることができます)
- 保持可能:デジタル権利管理制限(DRM)は存在しません。あなたが教員であれ、学生であれ、保持するコンテンツはあなたのものです。
上述の5つの行為についての制限事項が1つだけあります。それは、あなたが私を引用元として承認するということです。(もちろん私が他人の著作物を引用している場合や、他人の素材を利用している場合には当てはまりません。)学生に引用元を確認させることが必要なように、あなたも私を引用元として認定することは非常に重要です!そして、もしも本書での記述が役に立ったと感じたなら、その記述をどのように使ったのか、本書をどうすればもっと良くなるのか、フィードバックを [email protected] までEメールで送ってくださることを歓迎します。しかしこれは単なるお願いです。私は本書を向上させることができますし、どのように使われているのかを知ることができます。
本書は私が1つの章を書いた時点で公開されました。フィードバックを得るために、私のブログ「オンライン学習および遠隔教育のためのリソース」に、ほとんどの章の最初の草稿を載せました。本書は多くの理由から、オープン・テキストブックとして出版されますが、一番の理由は、私がオープンな形で出版することには教育の未来があると考えているからです。ですから、ある意味で、本書は概念の検証です。そして、カナダのブリティッシュ・コロンビア州で政府向けの主要なオープン・テキストブック・プロジェクトを主導している BC Campus による十分な支援、そしてオンタリオ州 Contact North からの追加支援がなければ、執筆は不可能でした。
iv. 本書の書評
本書は完全な草稿を出版した後、すぐに私はこの分野における3人の専門家たちに個別に書評を依頼しました。書評依頼のプロセスと、いっさい手を加えていない書評は付録Dに収められています。
(訳注:編集上の都合により、付録Dでは別の匿名による書評を収録しています。)
v. 本書利用のための様々な方法
本書はWeb上で公開されていますので、ホームページ https://pressbooks.bccampus.ca/teachinginadigitalagejpn/ をブックマークしておいてください。画面上の目次の章見出しや節見出しをクリックすることで、簡単に読むことができます。
もしもお望みなら、全体の PDF 版をプリントアウトしたりダウンロードしたりするとさらに読みやすくなります。通常はコンピュータやタブレットを使って本書を読むことをお勧めします。epub 版や mobi 版もあります。通常は画面上で読んでいただくのが最適だと思います。なぜなら別のバージョンを出力する際に、図やイラストの位置がずれてしまう場合があるからです。スマートフォンの小さい画面で読むには図やイラストが非常に小さくなってしまうので、フラストレーションが溜まってしまうかもしれません。タブレットで読んでいただく分には問題は発生しないと思われますが、一部の図やイラストが意図していない場所に動いてしまうことがあるかもしれません。
この本には xHTML 版、Pressbooks XML 版、WordPress XML 版もあります。これらを使うことでご自身の用途に合わせ、お好きな部分だけを抜き出したり、加工編集したりすることもできるでしょう。
本書は先行研究に基づき、ほとんどの部分は1時間前後で読めるようにしておくべきとの想定の下で書かれています。したがって、1つの章はせいぜい1時間もあれば読み終えることができるでしょう。一部のセクションはもっと短いです。
多くの節にはアクティビティーがあります。そこでは主に、あなた自身の置かれた状況や作業と関連して、何をどのように読むべきかについて、あなたの考え方を求めます。それぞれのアクティビティーは通常、30分未満で終えることができるでしょう。
各章は「章見出し」「その章で扱われるトピック」「アクティビティー一覧」「重要ポイント」を取り上げた学習目標から始まります。これらにアクセスするためには、それぞれの章見出しをクリック(タップ)してください。画面下にある左右の矢印を使うと前後の節に移動できます。
本書の使い方には、目的に応じて様々な方法があります。例えば、こんな使い方が考えられます。
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個人利用のために数日かけて、最初から最後まで通読する:ひょっとしたらあまり行われない方法かもしれませんが、論理的順序に基づいた本書を通じて構築される連続的かつ理路整然とした議論を知ることができます。
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あなたにとって有益な特定の章または節を読み、必要に応じて後で他の節や章に戻る。ガイドとしてこの序文またはホームページ上の目次を利用する。
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ほとんどの節にあるアクティビティーをやってみる。
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デジタル時代の教育方法におけるコース(またはコースの一部)のコア教材として本書を使う。あなたは私が提案したアクティビティーを利用できますし、ご自身でアクティビティーを置き換えても良いでしょう。
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現段階では、特別な方法を利用しなければ、本書の一部の節だけを選んで出力することはできません。
本書は一般的なオープン・テキストブックと同様、進行中の作品です。何か新しい発展があれば、それらを組み入れ、本書が最新の状態になるように努めます。私のブログ tonybates.ca でもフォローできます。各章には私の個人的な見解を含めるためにポッドキャストを加えている場合があります。また、読者の皆さんからのフィードバックに基づいて内容を変更することがあります。
vi. コンテンツの概要
第1章 教育における基本的な変化
ここでは、本書で扱う様々な段階について議論します。第1章では教員が、主に教育目標と手法について再検討すべき箇所を紹介します。特に、デジタル時代に学習者が必要とする重要な知識やスキル、教育コンテンツをどのように教えたら良いのか、また、テクノロジーがあらゆるものをどのように変化させるかについて明らかにします。
第2章~第5章:認識論と教育手法
ここでは、デジタル時代における教育と学習について、より理論的、方法論的な側面を扱っています。第2章では知識の本質について様々な視点から観察し、知識への理解が学習理論や教育手法にどのように影響するかについて取り上げます。第3章と第4章では、教室中心からテクノロジーとの混合的な手法、そして完全オンラインまで、様々な教育手法について、それぞれの長所と短所を分析します。第5章では、MOOC の長所と短所に目を向けます。これらの章は、以降の章のための理論的基盤となります。
第6章~第8章:メディアとテクノロジー
ここでは様々なメディアとテクノロジーを、教育の中でどのように選択し利用したら良いのか、特にそれぞれのメディアに独自の教育学的特性に重点を置いた議論を進めます。第8章では教育用途での様々なメディアとテクノロジーに関する意思決定のための一定の基準とモデルを示します。
第9章~第10章:情報配信とオープン・エデュケーション
第9章では情報配信について、教室中心か、完全オンラインか、あるいはその混合にするかをどのように選ぶべきか、その判断方法について扱います。第10章ではオープン・コンテンツ、オープン・パブリッシング、オープン・データ、そしてオープン・リサーチにおける最近の発展が、潜在的に破壊的であることの意味について検証します。とりわけ本章は、教育に到来する急進的な変化を理解する基盤となります。
第11章と付録A:デジタル時代における教育の品質確保
ここではデジタル時代における高い品質の教育確保に関する問題について、2つの異なる、しかし補完的なアプローチを紹介します。第11章では高度にデジタル化された教育的文脈における品質を設計し伝達するための9つの実用的なステップを提案します。付録Aでは高品質な学習環境に不可欠な構成要素に目を向けています。
第12章:制度的支援
本章ではデジタル時代に伴う高品質な教育確保のために、学校や大学で必要とされる方針や運営上の支援について、ごく簡単にまとめています。
シナリオ
本書には8種類の「もし、こうなったら」というシナリオがちりばめられています。しかしフィクションとしての要素は半分だけです。なぜならほとんど全ての事例が実話に基づいているからです。ただし一部についてはもともとの事例を複数合体させたり、拡張したり、拡大解釈していることもあります。シナリオを使う目的は、目の前の変化に対する障壁について、そして本当にエキサイティングな未来の教育について、想像力と思考を刺激させたいからです。
その他の特徴
各章はその章の「重要ポイント」と、参考文献で終わります。また、各章の全ての参考文献をまとめた包括的なリストもあります。多くの章の節の末尾にはアクティビティーがついています。
また、各章をサポートするため、より詳細な情報を提供する複数の付録と、一部のアクティビティーについてのサンプル回答を巻末に載せています。
vii. 感謝の言葉
本書は多くの人々や機関からの多大な支援なしには完成しませんでした。何よりも BC Campus には大変お世話になりました。BC Campus にはサイトを主宰していただきましたし、彼らが提供する PressBook を使うことを許可してくださいました。特に Brad Payne、Mary Burgess と共に、Clint Lalonde は素晴らしい援助と支援を提供してくれました。オープン・パブリッシング技術について全く知識のなかった私でしたが、Clint と Brad は奮闘する私の手をしっかりと握っていてくれました。彼らがいなければ、やり遂げることはできませんでした。
オープン・テキストブックはエンドユーザーは無料で使うことができますが、専門的な技術支援なしでは現実のものにはならなかったでしょう。教育と学習における改革支援に関する委託業務の一部として、オンタリオ州の遠隔教育・研修ネットワークである Contact North (Contact Nord)は、教育的な設計/編集、グラフィック、著作権処理で不可欠なサポートと援助を提供し、マーケティングと宣伝も支援してくれました。Contact North(Contact Nord)は、本書をフランス語でも利用できるようにしてくれました。
また私は、トロントにあるライアソン大学の生涯教育 G.レイモンド・チャン校の教育設計学(インストラクショナル・デザイン)デジタル教育戦略チームのメンバーを率いる Leonora Zefi から、予想すらしていなかったのですが、非常に手厚い支援を受けることができました。彼らにはボランティアで各章の草稿を読んでいただき、信じられないくらい貴重なフィードバックを与えてくれました。Katherine McManus はインストラクショナル・デザインと編集上のアドバイスをしてくれました。Elise Gowen は著作権のチェックと許可取得という、非常に手間のかかる仕事を全て担ってくれました。
そして私は、UKオープン大学、ブリティッシュ・コロンビア州のオープン・ラーニング局、ブリティッシュ・コロンビア大学の同僚たちから受けた多大なる影響に感謝しています。彼らは私が引用した部分について、多くの先行研究と革新的な視点を与えてくれました。私はこれまでのキャリアにおいて、遠隔教育者と教育技術者・設計者の2つの実践コミュニティから、非常に大きな支援を受けてきました。まさに本書は彼らに負うものです。私は彼らのアイデアと業績のための単なるスポークスマンにすぎません。願わくば彼らの知識を正確かつ明確に表していることを望むばかりです。
最後に、私のブログ読者から、ありとあらゆる貴重なフィードバックを受け取りました。私は本書のほとんどの節の最初の草稿をブログで公開しました。通常なら2、3人の査読チームが担当することになる作業ですが、私には何百、何千ものブログ読者から成るチームがいました。全ての人から受け取ったアドバイスは、本当に助けになりました。大変感謝しています。しかしながら、私は受け取ったアドバイスを全てフォローできているわけではありません。みなさんが疑問に感じるかもしれないミスや判断上の誤りの責任は全て私にあります。
viii. あなたに伝えたいこと
オープン・テキストブックが素晴らしいのは、それが動的で、生きたプロジェクトだからです。変更は即座に反映されます。私は皆さんからのご連絡をお待ちしています。Eメールは [email protected] です。建設的な批評やフィードバックは大歓迎です。本書をお読みいただいた方々からお寄せいただいた、どのようなコメントにも返答したいと思います。
何と言っても、私は皆さんにこの本を楽しんでいただき、有益さを見出していただけること、そして、この魅力ある時代に、学習者たちが必要とする知識やスキルを、皆さんや同僚の方々が希望を持って身につけることができる一冊になることを望んでいます。