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7.5.1 流動的で包括的なメディア
コンピュータの利用をメディアと見なすべきかどうかは議論の余地がありますが、私はこの用語を広く利用しています。これはプログラミングのような技術的な意味ではありません。特にインターネットは、文字、音声、動画、コンピュータの利用の全てに対応したメディアですし、分散型コミュニケーションや教育機会を提供する手段としても利用できます。コンピュータの利用もまた急速に発展している分野であり、新しい製品やサービスが常に出現しています。本書ではソーシャル・メディアの最近の動向についてはコンピュータの利用とは別に扱いますが、技術的に見れば下位区分です。ただし、ソーシャル・メディアには、従来のコンピュータの利用を中心とする学習環境ではほとんど見られないアフォーダンスが含まれています。
このような流動的なメディアでは、独自の特性にこだわりすぎることは馬鹿げていますが、この章の目的は絶対的な分析を提供することではなく、教員自身がテクノロジーを選びやすくする考え方を与えることなのです。論点は次の通りです。他のメディアとは異なるコンピュータの利用における教育的アフォーダンスは何でしょうか。(ここでは他の全てのメディア特性を包括するという重要な事実は除きます。)
コンピュータを教育に活用する研究は数多く行われてきましたが、それぞれの教育的な特徴に重点を置いた研究は、これまであまり行われてきませんでした。しかし興味深い調査や開発は行われてきましたし、人間とテクノロジーの間のやり取りに関わる研究も行われてきました。これらよりは少ないものの、注目の度合いという観点から人工知能の研究も行われています。以上の理由から、この節では研究よりも分析と経験に頼った記述になっています。
7.5.2 表現力の観点から
実際のところ表現力は、コンピュータの利用における教育的な強みとは言えないでしょう。画面サイズが限られているため、文字と音声であれば無理なく表示できますが、動画については若干劣ります。しかも動画は文字と画面サイズを分け合わないといけない場合も少なくありません。ネットワークの帯域幅や画面のピクセル数も問題ですし、ダウンロードにかかる時間が必要です。iPad などのタブレットでは画面品質を大きく向上させていますが、小型のモバイル機器の画面サイズはまさに表現力の制約となるでしょう。プルダウン・メニュー、カーソルを利用したスクリーン・ナビゲーション、タッチ・コントロールやアルゴリズムを利用したファイル・システム、ストレージ・システムなど、コンピュータの利用における従来型のユーザー・インターフェイスは非常に機能的ですが、あまり直感的ではなく、教育的な視点から考えると、かなりの制限になり得ます。
しかし他のメディアとは異なり、コンピュータの利用において、エンド・ユーザー(教育においては学習者)は、メディアとの直接的なやり取りが可能であり、少なくともある程度まではコンテンツに追加したり、変更を加えたり、対話したりするといったことができます。この意味でコンピュータの利用は、仮想的なものであればという条件が付きますが、完全な学習環境に近づきます。
したがって、表現的な側面からは、コンピュータの利用によって次のことができるようになります。
- 文字、音声、動画、Webセミナーの組み合わせを利用し、豊かで多様な方法によるオリジナルの教育コンテンツを作って提示できます。
- インターネットを介して他の「リッチ」なコンテンツなど、他の素材にアクセスできるようになります。
- コンピュータを利用したアニメーションやシミュレーションを作り、提示できます。
- Webサイト、学習管理システムや、その他の同様の技術を利用することで、コンテンツを構造化したり管理したりすることができます。
- 適応学習を利用すると、学習者に対して学習教材の中で代替手段を提供することができるので、個別学習の構成要素になり得ます。
- 学習者は、指導者や他の学習者とも同期的・非同期的なコミュニケーションができるようになります。
- 多肢選択テストを用意し、それを自動採点することで、学習者に対して即時フィードバックができるようになります。
- eポートフォリオを利用することで、学習者がエッセイのような筆記物や、プロジェクト型のマルチメディア課題をデジタルで提出できるようになります。
- Second Life などのテクノロジーを利用して、仮想世界や仮想空間を作ることができます。
7.5.3 スキル開発の観点から
コンピュータの利用を巡るスキル開発は、ここでも同様に教育に対する認識論的アプローチに大きく依存します。また、コンピュータを基盤とする学習に対する行動学的アプローチを通じて、包括的で深い理解に集中することができるかもしれません。さらに通信機能の利用によって、学習者たちの共同作業で作られたマルチメディア作品についての議論を行うなど、構成主義的なアプローチも可能になるでしょう。
このように、コンピュータの利用は(独自性のある用途として)以下のような使い方ができるでしょう。
- コンピュータによる学習/試験を通じたコンテンツの内容理解とテスト。
- プログラミングや他の ICT に関する知識や技術の理解。
- シミュレーションおよび/または仮想世界を使った意思決定のスキルを身につけさせる。
- 教員が司会するオンライン上でのディスカッション・フォーラムを通じ、理論・証拠に基づいた議論や、協働学習のスキルを身につけさせる。
- 学習者が自分自身の作品やオンライン・マルチメディア作品をeポートフォリオを使って作成し、デジタル・コミュニケーション・スキルを向上させながら知識を評価し合う。
- シミュレーション、仮想実験装置、リモートラボを使った実験デザインのスキルを身につけさせる。
- 現実世界で起こっている問題に対してインターネット越しにアクセスし、学生に発見・分析・評価させた内容を適用させる、知識管理や問題解決の技法を身につけさせる。
- インターネット越しに他の学生やネイティブスピーカーとコミュニケーションしたり、プレゼンテーションしたりすることで話し言葉・書き言葉のスキルを身につけさせる。
コンピュータ環境の幅広い利用は、他のメディアではできないスキル開発を補うことに繋がるでしょう。
7.5.4 教育メディアとして用いるコンピュータの利用における長所と短所
多くの教員は、自らの仕事がコンピュータで置き換えられてしまうことを恐れ、あるいはコンピュータが教育や学習を非常に機械的な方法で行うと考え、コンピュータの利用には拒否反応を示します。そして人間による教育の必要性はコンピュータによって置き換えることができ、削減できると議論する、誤った情報に取り憑かれたコンピュータ科学者、政治家、業界リーダーたちは、教員たちの考えなど見向きもしないでしょう。しかしどちらの観点も、教育や学習が高度に複雑であること、そしてコンピュータの利用によって教育を柔軟なものにできるという点で誤解しています。
では、ここで教育メディアとしてコンピュータを利用する長所をいくつか挙げてみましょう。
- 文字、音声、動画、コンピュータの利用の持つ教育学的な特徴を統合的できることが自体、独自の教育学的な特徴という意味で非常に強力です。
- このような独自の教育学的な特徴はデジタル時代に学習者が必要とする多くのスキルを教えるのに役立ちます。
- コンピュータの利用により、学習者自身が学びへの手段を手に入れること、そして学習すべき状況を自ら作り出していくことについて、多くの能力と選択肢を得ることができます。
- 学習者が教材と直接対話し、即時フィードバックを得ることができるようになります。したがって、上手く設計されている場合には学習のスピードも深さも増大します。
- インターネットにアクセスし、コンピュータを利用できる環境にある人ならば、誰でも、いつでも、どこでも学ぶことができます。
- 学習者、教員、他の学生との間で定期的かつ頻繁なコミュニケーションを行うことができるようになります。
- 様々な教育理念や教育方法をサポートする柔軟さが十分にあります。
- 教員には「退屈」な仕事である評価や学習者の進捗追跡が楽になるので、その労力をもっと複雑な成績評価や、学習者との交流に充てることができるようになります。
一方、コンピュータを利用する短所については以下のとおりです。
- 教員の多くは、教育メディアとしてのコンピュータの利用の長所と短所に気づいておらず、教育利用のための研修も受けていません。
- コンピュータの利用は教育の万能薬として販売される場面が多すぎます。確かに強力な教育メディアですが、教員による管理運営が必要です。
- コンピュータ科学者や技術者の中には、行動主義的なアプローチを採用してしまう傾向があります。その結果、構成主義的志向の教員や学習者を疎んじるだけでなく、教育や学習のためのコンピュータの利用の本当の能力を過小評価し、利用頻度も下げてしまいます。
- コンピュータの利用は教育メディアとして有力ですが、教育や学習には教員と学習者の間での個人的な相互作用を必要とするような別の側面があります。(セクション4.4、セクション11.10を参照してください。)このような側面はおそらく多くの教員が考えるよりも小さいかもしれませんが、コンピュータ学習の信奉者にとっては重要な意味を持っています。
- コンピュータの利用には、教育メディアとして最適に機能する条件を決めるため、教員や一部の学習者による労働力の投入や管理を必要とします。そして教員はいつ、どのようにコンピュータを教育や学習に利用するかの意思決定を管理する必要があります。
- コンピュータの利用を円滑に行うには、教員は教育デザイナーや ITスタッフなどの他の専門家と密接に協力し合う必要があります。
教育メディアとしてのコンピュータの利用の価値を取り巻く問題を考える際、その教育学的側面に割く時間よりも、むしろ管理統制について多くの時間を割く必要があります。教育や学習は複雑です。このため教育や学習にコンピュータを利用するには現場の教員自身が管理統制をする必要があります。つまり教員がコンピュータの利用について主導権を持ち、必要な知識があり、教育学的な長所や短所について研修を受けている場合に限り、コンピュータの利用はデジタル時代の教育に欠かせないメディアとなるのです。
7.5.5 評価の観点から
コンピュータの利用と言えば、多肢選択問題と正しい答えの判定を行う評価に関心が持たれる傾向があります。この形式は、理解度の評価や、限られた範囲での機械的手順のテストを行う際に価値がありますが、コンピュータの利用には学習者が作成したブログ、Wiki から eポートフォリオまで、より幅広い評価方法も含まれます。このような一層柔軟な形態によるコンピュータを基盤とする評価は、デジタル時代に生きる多くの学習者が必要とする知識や技能の測定とも整合性を持っています。
アクティビティー7.5 コンピュータの利用に独特な教育的特徴を見極める
1. あなたが教えているコースの中から1つ選んでみましょう。このコースではコンピュータの利用について、どんな重要な表現的機能があるでしょうか。
2. 本書のセクション1.2に記載されているスキルを見てみましょう。このようなスキルを開発するにあたって、どれが他のメディアよりもコンピュータの利用が最も適しているでしょうか。あなたならコンピュータを基盤とする教育をどのように行いますか。
3. 学習者を評価するにあたって、どのような条件の下でなら筆記試験ではなく、学習者自身のマルチメディア・プロジェクト・ポートフォリオを作成させる方が適切と言えるでしょうか。学習者の作品に対して信頼してもらえるような評価条件として、どんなことが必要でしょうか。このような形での評価はあなたにとって余計な仕事になってしまうのでしょうか。
4. 教育の中でコンピュータを利用することに対する主な障壁となるものは何ですか。教育哲学的な理由ですか。実用的な理由ですか。テクノロジーの利用についての研修が不十分なことですか。自信がないことですか。あるいは教育機関による支援がないことですか。これらの障壁を取り除くためには何ができるでしょうか。