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ますます多くの教育がオンラインに移行していくにつれて、キャンパスに通学する者にとっても、対面型教育の機能やキャンパス内での空間利用について考えることは、一層重要になっていくでしょう。
9.5.1 デジタル世界における対面型教育に独特な特徴を見極める
- 廊下での教員と職員の立ち話
- 講義や実験の授業以外の場面で、他の学生と行う工学技術の実務経験
- お互い密接な関係にある学生間での非公式の学習
示唆はあったものの、Sarma の発表では明示的に言及されなかった特徴も他にいくつかあります。
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MIT に入学する学生の質は非常に高く、彼らは高めあうことでより高い水準を目指していること
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卒業後にも様々な機会を提供する MIT の学生が開発したソーシャル・ネットワークの重要性
研究所に入ることの容易さや頻繁に行けることは、オンラインで提供することは困難であるため、キャンパス型での学習における独自性の面で重要です。ただし、リモート・ラボやシミュレーションの利用はますます増えています。恋愛相手や将来の配偶者を見つける機会も重要な要素と言えるでしょう。しかしおそらく最も重要なのはあなたのキャリアを一層助けてくれる社会的人脈の形成でしょう。
これらが対面型教育に独特の機能なのか、それともキャンパスで体験する主な利点は、授業料が高額であり、入学しにくいエリートのための教育機関に固有のものであるのかの判断はあなたに委ねます。しかし、ほとんどの教員にとって、対面型指導にある、より具体的かつ一般的な教育上の利点を決定する必要があるでしょう。
9.5.2 平等な代用の法則
当面は「平等な代用の法則」と呼ぶ、学術的にはほとんどのコースがオンラインでも対面型でも、同じように教えることができるという仮定から始めることにしましょう。このことは、費用、教員の利便性、ソーシャル・ネットワーキング、教員のスキルと知識、学生の種類、キャンパスの置かれた状況などの要因が、科目自体が学術的に要求する水準よりも、コースをオンラインで教えるか、キャンパスで教えるかを決定する強い要因となることを意味します。これらは全て、キャンパスの経験が優れている理由として完全に正当なものです。
また、学生には対面型、あるいは対面型での手ほどきを含めて、キャンパスで学ぶ強力で学術的な根拠がある重要な分野があるかもしれません。言い換えれば、私たちは「平等な代用の法則」の例外を規定しなければなりません。このようなキャンパス型に独特の教育的特性は、もっと慎重に研究するか、少なくとも理論に基づいて研究する必要がありますが、学習成果という点でキャンパスの経験に独特なものとは何であるかを表す、強力で説得力のある手法や学説はまだありません。私たちはキャンパスの経験に慣れ親しんでいますが、それでもなおキャンパスの経験は少なくとも、いくつかの点でより良くなければならないという前提があります。私たちは質問そのものを変えた方が良いでしょう。学生がオンラインでほとんどのことを学ぶことができるならば、キャンパスはどのように学術的・教育的に正当化できるでしょうか。
9.5.3 キャンパスの経験におけるオンライン学習の影響
この問題は、ブレンド型学習への動きが学習空間にどのように影響するのかを調べるときに特に重要になります。ある意味では、これは学校や大学にとって時限爆弾になるかもしれません。
9.5.3.1 教室デザインを再考する
講義から双方向的な学習へと移行するにつれて、学習が行われる空間について考える必要が出てくるでしょう。また、教育学、オンライン学習、学習空間のデザインが、お互いにどのように影響し合うかについても考える必要があります。オンラインで勉強できることが増えているのに、学生がキャンパスに来ることを有意義なものにするためには、キャンパス内での活動が意味のあるものでなければなりません。例えば、私たちが学生に個人間のコミュニケーションと集中的なグループ・ワークのためにキャンパスに来させたいのであるならば、学生にはオンライン学習と教室内学習との組み合わせを考えた、十分に柔軟で設備の整った空間を用意しなければならないでしょう。
新しいテクノロジー、ブレンド型学習、そしてデジタル時代に必要とされる知識とスキルを身につけさせたいという願望は、本質的には教員と建築家が、教室とその使い方を再考することと関係しています。
米国のオフィスや教育用設備の大手メーカーである Steelcase 社は、学習環境についての素晴らしい研究を行なっているだけでなく、オンライン学習について教室設計への影響を通して考えるという点で、多くの中等後教育機関の先を行なっています。彼らの教育研究Webサイトと、報告書のうちの「アクティブ・ラーニング・スペース」「360°:再考する高等教育スペース」は高等教育機関の関係者だけでなく、初等・中等教育関係者も見ておくべき内容です。
Steelcase 社は「アクティブ・ラーニング・スペース」の中で以下のように述べています。
「教室の形は何世紀にもわたって変わっていません。四角い箱の中に、先生と黒板に向かってならぶ机の列…。その結果、このような時代遅れの空間は、成功する学習環境の3つの重要な要素である「教育学・テクノロジー・空間」の統合を十分にサポートしていないため、今日の教員も学習者も困ってしまっているのです。
変化は教育学から始まります。教員と教え方は多様であり、進化しています。あるクラスから次のクラスへ、時には授業中に、教室は変わらないといけません。したがって、教室は異なる教育や学習の好みに流動的に適応する必要があります。このような新しいニーズを支える新しい教育戦略を開発するための支援を教員は受けるべきです。
テクノロジーは慎重に統合されなければいけません。今日の学生はデジタル・ネイティブで、テクノロジーを利用して情報を表示、共有、提示することには抵抗がありません。コンテンツを表示するための壁面、複数の投影面、様々な配置でのホワイトボードは全て、教室が持つべき重要な検討要素です。
空間は学習に影響を与えます。4分の3以上のクラスでディスカッションが行われ、全クラスの60%近くが少人数グループでの学習が行われており、その割合は増え続けています。双方向的な教育法では、誰もがコンテンツを見ることができ、他の学生の顔を見ながら対話できる学習空間が必要です。全ての席が教室の中での最高の席であるべきですし、そうでないといけません。より多くの学校が構成主義的な教授法を採用するにつれ「舞台の賢人」は「小脇の案内人」に道を譲っています。教室内では教員はグループを周りながら、即時フィードバック、評価、指示を与え、ピア・ラーニングを行なっている学習者たちをサポートできるようなテクノロジーがなければいけません。教育学、テクノロジー、空間は慎重に検討され統合されたとき、新しいアクティブ・ラーニングの生態系が明確になるのです。」
オンラインや教室外での学習がますます増えているという事実を、教室は考慮する必要があります。このことは、知識へのアクセス、知識を使った作業、知識の共有と実例紹介が、教室の内外を問わず行う機会があるという意味でもあります。したがって、小グループでの作業をサポートするために机・椅子や備品のまとまりで構成されている場合、このまとまりごとに学習者が充電するためのコンセント、Wi-Fi、教室内ネットワークなど、教室内で学習を共有できる仕組みが必要となります。学習者には個人用の静かな場所や、グループ用の共用スペースも必要です。
フロリダ大学ゲインズバラ校の Tawnya Means と Jason Meneely は、UBTech 2013の会議で、授業・自習の両方で活発なグループ学習を可能にするために、いくつかの学部で教室を再設計したことを報告しました。この教室では様々なモバイル・デバイス用の引き込み口を備えた小型の可動式机、および教員と学生とが画面の共有と投影を制御できるソフトウェアを備わっており、事例ベース学習・問題ベース学習・プロジェクト・ベース学習、協働学習をサポートしています。別の事例では、古いキッチンと教室を、開放的なカフェテリアのあるグループ学習室に再設計しました。そこには個人用の学習スペースもあり、学生たちが同じ空間内で他の学生たちと交流したり、グループ学習をしたり、個人学習を切れ目なく行うことが可能になりました。Meneely はチャーチルを引用して「私たちが建物を作り、建物が私たちを作った」と述べています。Meneely は教員がこのような空間に置かれると、自然とアクティブ・ラーニング的な手法を選ぶようになると主張しています。
9.5.3.2 反転学習や混合型学習が教室設計に与える影響
このような教室設計は、学生が比較的少人数のクラスで学んでいることを前提としています。ただし、反転学習などの混合型の授業設計を利用した大規模な講義用教室の再設計も行われています。実際、Sextant Group(視聴覚企業)の Mark Valenti (2013) は次のように述べています。
「要するに、大講義用教室は終わりが見えている。」
しかし現在の財政状況を考えると、再設計された大講義科目での授業時間は、個々の教室での小グループ学習に転換されるだろうなどと考えるべきではありません。大教室での講義科目には1,000人を超える学生が受講できる場合も多いので、十分な数の教室もありません。大きな教室を小規模なグループワーク用に使い、それを再び一つの大きな集団に簡単に戻せるような設計が必要なのです。現在の講義用教室の定番となっている長机と長椅子では対応しきれません。
Steelcase 社は教員のための適切な空間についての調査も行なっています。例えば、大学や学部が学生のためのラーニング・コモンズや共用エリアを計画している場合、別の建物内にある教員室を同じ建物内に配置しないのはなぜでしょうか。確かにこれは教員の研究室を開放的な教育エリアと統合できる事例となるでしょう。
9.5.3.3 設備投資の影響
Steelcase のような会社がこのような開発に興味を持っている理由は明らかです。ニーズを満たす新しい、そしてより良い形態の教室用設備を販売するための途方もない商機があるからです。しかし、それこそが問題です。大学、そして特に高校以下の学校では新しい教室の設計にすぐに着手できる資金を持っていません。そして、たとえ資金があったとしても、教育機関はまず以下のことを慎重に考えるべきです。
- 混合型学習やオンライン学習への急速な移行を考えると、今後20年間でどのようなキャンパスが必要になるか。
- 学生がオンラインで勉強の大部分を行える現在、物理的な建物にどれだけ投資する必要があるか。
とはいえ、教室設計においては、少なくとも刷新のための優先順位を決める機会がいくつかあります。
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新しいキャンパスまたは主要な建物が建設または改築されている。
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1〜2年次の授業が再設計されている。大規模教室の改装を基本形とし、うまくいくようであれば他の大規模講義教室も徐々に改装していく。
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オンライン学習と教室学習を大規模に統合するために、学部やプログラムが再設計されている。新しい教室の設計用に資金を優先的に得られる可能性がある。
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教室設備の劣化や経年を理由とした大規模な新規購入は、まず教室設計を考えるべき。
ここで重要な点は、物理的な教室空間を新しく模様替えするための投資は、教育方法を変更するという決定に基づいて行われるべきであるということです。そのためには、研究者、IT サポート・スタッフ、インストラクショナル・デザイナー、施設スタッフ、そして建築家や教室設備を販売する業者が協働することになります。また「私たちが自分たちの環境を形作り、私たちの環境が私たちを形作る」という声明に強く同意するということです。柔軟かつ上手く設計された学習環境を教員に提供することは、教員の大きな変化を促進する可能性があります。旧来型の机が並んでいる教室では逆のことが起こるでしょう。
おそらく最も重要なことは、教育機関はキャンパス内の建物の将来の成長計画を見直す必要があるということです。特に重要なのは以下の項目です。
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学生が50%以上の時間をオンラインや反転学習で勉強する場合、教室や講義室のある建物を新設する必要があるか。
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多数の学生が少人数のグループで作業でき、その後すぐに集合できるような十分な学習エリアがあるか。
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キャンパス内で学生が一緒に学習をするときに、対面型でもオンラインでもシームレスに勉強したり、学習を共有したり、コンピュータに取り込んだりできる技術的な設備はあるか。
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新しい学習空間を構築することと、既存の空間を再設計することでは、どちらに投資する方がよいか。
教育機関にとって明らかなのは、オンライン学習について、そしてそれがキャンパス内での教育にも影響することについて、そして何よりも学生がオンラインで勉強できるのに、どのようなキャンパス経験をさせたいのかについて、熟考する必要があるということです。この考えこそが、建物、机、椅子などにどのように投資すべきかという考えを形作るのです。
9.5.4 キャンパスの役割を再考する
私たちが多くの学術目的のために平等な代用の原則を受け入れるならば、それはバスで通学する学生について考えることと同じです。学生がほとんど全てのことをオンラインで同様に(そしてより便利に)学ぶことができるとしたら、バス通学を価値のあるものにするためにキャンパスで提供できるものは何でしょうか。これがオンライン学習が提示する本当の課題です。
それは単に対面型授業や実験でどのような教育活動を行う必要があるのかという問題ではなく、学校や大学の文化的・社会的な目的そのものなのです。大規模な都市型大学の多くでは、学生は通学しています。授業に出て、その合間にラーニング・コモンズを使い、何か食べて、帰宅しています。私たちが大学を「大規模化」してきたことで、広い意味での文化的側面が失われたのです。
オンライン学習や混合型学習は、学生がいつでもどこでもオンラインで学習できる環境下で、キャンパス全体の役割と目的、そして教室で行うべきことを再考する機会を提供しています。もちろん、キャンパスを閉鎖して全てをオンラインにする(そして多額のお金を節約する)こともできますが、その前に少なくとも何を失うことになるのか検討する必要があります。
重要ポイント
1. 「純粋な」対面型の授業から完全にオンラインのプログラムまで、テクノロジーを使った学習の連続体があります。全ての教員は、連続体のどこに特定の科目やプログラムを位置付けるかを決定する必要があります。
2. オンライン学習の長所と限界についての理解は増えていますが、決定を下すための優れた研究上の証拠や理論は持ち合わせていません。特に欠けているのは、オンライン学習でも利用可能な場合の対面型教育の長所と限界についての証拠に基づいた分析です。
3. 良い理論がないので、私は配信方法を決めるための4つの要因を提案しました。特にブレンド型授業における対面型学習とオンライン学習の利用を決定する際には、以下の点について検討するべきであると考えます。
- 学生の特徴とニーズ
- 方法と学習成果に関して、あなたが好む教育方略
- (a)コンテンツ と (b) スキル の観点からの、科目内容の教育的要件と提示面での要件
- 一人の教員が利用できるリソース(教員自身の可処分時間を含む)
4. とりわけブレンド型学習や混合型学習への移行は、キャンパスの利用と、混合型での学習を可能にするために十分必要な設備について、よく考えなければなりません。
アクティビティー9.5 教室空間の再設計
ある学校で教えていた時、施設管理者は各教室に次のような貼り紙をしていました。教員が授業を終えて教室を出るとき、机を前に向けてきれいに並べて出るように、と。そのため、グループ・ワークのために机を並び替えて、終了後にまた学生たちと一緒に机を元に戻すのに、授業時間の25%を使っていました。
1. 最大40人の学生が使うグループ学習空間をゼロから設計する場合、あなたと学生が利用できうる、全てのテクノロジーと教授法を考えると、学習空間はどのようなものになりますか。
2.あなたが200人の学生の講義クラスを持っており、教え方を変えたいと思うならば、あなたは授業をどのように再設計しますか。どんな種類の教室が必要ですか。
本章の内容を取り上げたスライドがあります。
https://teachonline.ca/sites/default/files/cn_choosing_modes_of_delivery_-_december_13.pdf
参考文献
Valenti, M. (2013), in Williams, L., ‘AV trends: hardware and software for sharing screens, University Business, June