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本書のこれまでの章を読み進めてきていれば、哲学的、実証的、科学技術、管理運営など、デジタル時代に学ぶ学習者のニーズにかかわる事柄についての話題に触れてきたことが分かるでしょう。いよいよこれらの情報をひとつにまとめて、日常の指導場面に活かせる実用的な段階へと進む時がやってきました。
本章の目的はデジタル時代の指導において、教員が使える実用的な運用基準を提供することです。そのためにはこれまでの章で扱われてきた全てのことが必要になってきます。具体的な話に入る前に、まずは指導や学習における「クオリティー」の意味についてはっきりさせておきましょう。なぜなら私は「クオリティー」を特殊な用語として用いているからです。
11.1.1 定義
教育において「クオリティー」という用語ほど、議論や論争を巻き起こすものはおそらくないでしょう。このトピックは多くの本で扱われていますが、それらはさておき、まずは私なりの定義をしたいと思います。本書ではクオリティーを以下のように定義します。
デジタル時代に学習者に必要となる、知識やスキルを身につける手助けができる指導法
これはクオリティーとは何かという問いに対する簡潔な答えですが、もう少し詳しく述べると、クオリティーとは少なくとも以下のそれぞれについて検討することです。
- 機関および学位の適格認定
- アカデミックな内部質保証のプロセス
- 伝統的な教室による指導法とオンライン授業や遠隔授業における質保証の違い
- 質保証のプロセスと学習成果の関連
- 「目的に応じた質保証」:デジタル時代における教育目標を達成できるかどうか
これらのポイントを理解した上で、以下ではクオリティーの高い指導を行うための私なりの提案をしていきます。
11.1.2 機関および学位の適格認定
多くの行政機関は、教育機関が適切に認可され、かつ教育機関が授与する資格が妥当で「質の高いもの」であることを保証することで、教育市場における消費者を守っています。しかし教育機関の認可方法や、授与される学位の認可方法は様々です。また、アメリカとそれ以外の国でも大きく違います。
アメリカ教育省の教育工学ネットワークは「適格認定および質保証」 について以下のように述べています。
適格認定とは、アメリカの教育機関で行われているもので、学校、中等教育以降の機関、その他の教育を提供する機関が、学業、管理運営、その他のサービスにおいて、最低限の質と正確さを満たし、維持しているかどうかを確認するためのプロセスです。このプロセスは学校自治の原則のもと、自主的に行われています。学校、中等教育後の機関や、機関内のプログラム(学部)が適格認定に参加します。認定を行う団体は、教育機関と特定の分野の専門家で構成されており、参加資格の基準と、認定プロセスを実施するための手順を確立します。
連邦政府も州政府も、教育機関や学部が正当性を持つ組織であることの保証を、適格認定によって承認します。国際的に言えば、資格を持った専門家が行う認定は、各国の政府が国内の教育システム所属機関に対して行う適格認定と同等のものであると解釈されています。
つまりアメリカでは、適格認定を行う団体が独立して効率的に適格認定および質保証を管理統制しています。一方、政府は「強制力のある武器」を持っており、教育省が基準に達していないと判断した場合には、当該教育機関への運営交付金を打ち切るなどの手段を取ることができます。
多くの国では、政府が教育機関を認定し、学位の授与を許可する最終権限を持っています。カナダやイギリスなどの国では、政府が任命した、政府とは一定の距離を保った団体が認定します。しかしこれらの団体を構成するメンバーは主に教育システムの内部にいる人たちです。このような団体には様々な名称がありますが、学位質保証機構(Degree Quality Assurance Board)などが典型的です。
近年ではイギリスの高等教育機関質保証団体(Quality Assurance Agency for Higher Education)のように、産業界での業務に基づいて公的な質保証を行う団体も現れてきました。イギリスの高等教育機関質保証団体によるQAA「高等教育機関におけるクオリティー・コード」は質保証団体が大学に求める指針のようなもので、数百ページにも及びます。B3章の「学習と指導」は25ページから構成されており、質に関する7つの指標を示しています。そのうちの指標4は典型的なものです。
高等教育を提供する機関では、教育や学生に対する学習支援に携わる者は適切な資格を有しており、またそれらの者をサポートし能力を発達させるようにしなければならない。
こうした外部団体からの圧力により、多くの教育機関は通常の認定プロセス以上に厳しい手続きによる質保証を行うようになってきています。(分かりやすい代表例は Clarke-Okah et al., 2014を参照)。
11.1.3 内部質保証
やはり教育機関の内部において、質の高いプログラムを保証することは特に重要です。しかし、この質保証のプロセスは少なくとも大学においてはかなり標準化されていますが、上で述べたように機関によって異なります。新しい学位を設置するための提案は通常、学科内の教員が行います。この提案は、学科や学部で議論した上で修正・承認され、最終的に理事会で承認されます。人事など新しいリソースが必要なときには、通常は学長室が関わります。
一般化し過ぎかもしれませんが、このような提案には誰がコースを教えるか、教える者にはどのような資格が必要か、プログラム内で網羅するべき内容(通常は科目一覧とそれぞれの概要)、課題図書一覧などの情報が含まれており、通常は学生の成績評価基準も含んでいます。最近では当該プログラムを受講することによって得られる、一般的な学習成果についての情報も含まれるようになってきています。
プログラムの一部の科目、または全てがオンラインで提供される場合、その提案は機関内部で綿密に精査されます。しかしこれらの提案には、どのような指導法で教えるかという情報が含まれることはあまりありません。通常、指導法は教員個々の責任であると考えられるからです。本章では、指導法の効果や、デジタル時代に求められる知識やスキルを発達させる学習環境など、質の中でも軽視されがちな側面を扱います。
伝統的な教室環境における指導には、質を担保するための運用基準がたくさん存在しています。おそらく最も有名なのは、優れた教育実践に関する過去50年の研究を分析した Chickering and Gamson (1987) によるものでしょう。彼らは学部教育における優れた実践とは、以下のようなものであると述べています。
- 学生と教員の接触を促す
- 学生同士で協力させる
- アクティブ・ラーニングを促す
- 即時フィードバックを与える
- タスクの時間設定を重視する
- 大いに期待していることを伝える
- 才能や学習方法には多様性があることを尊重する
11.1.4 オンライン・コースとプログラムの質
オンライン学習は新しく、その質に関して様々な関心が寄せられたことから、優れた実践やオンラインのプログラムのために作られた質保証のための基準など、様々な運用基準が存在しています。これらの基準や手順は、過去のオンライン・プログラムにおける成功事例、オンライン教育や学習における優れた実践事例、研究や評価などに基づいています。「オンライン学習における質保証の基準や組織、研究」については付録Cを参照してください。
Jung and Latchem (2012) は、世界中のオンライン教育あるいは遠隔教育を行なっている多くの機関における質保証のプロセスを概観した上で、教育機関は以下のことを行うことが重要だと指摘しています。
- 質の主要な尺度として成果を重視する
- 体系的な質保証を行う
- 質保証は継続的に改善するべきプロセスであると捉える
- 機関外部からでなく機関内部で質を評価する文化へと移行する
- 低い質は高いコストにつながるので、質への投資を惜しまない
オンライン学習において、質を保証することは簡単なことではありません。お役所仕事のように上から押し付ける必要はありませんが、基準に達しない時、教員や機関を監視しておくための仕組みを確立しておく必要があります。また、オンラインだけでなくキャンパスで行う教育も監視しておくべきでしょう。既に認可されている質の高い機関では、キャンパスで行う学習にオンライン学習を組み入れたハイブリッド型学習へと移行しつつあります。ですからオンライン学習における質の確立はますます重要になってきているのです。
対面でもオンラインでも、教育において質を保証するための、証拠に基づいた運用基準が数多くあります。大切なのは教員がこのような優れた実践について知っていること、そして機関が質を保証するための運用基準を実施し、守っているかどうかを検証することです。
質保証の手法はそれを行う団体にとって価値があるものです。中には悪質な教育提供団体や、オンライン教育を使い、基準を満たさず、資金を節約しようとしている教育機関(例えば経験のない助手を雇い、あり得ないぐらいの教員・学生比率で指導させるなど)もあります。質保証の手法を利用すれば、テクノロジーを利用した指導に馴染みがなく、使い方に苦労している教員に、優れた教育実践のモデルを提供することができます。既に評判の高い州立大学などであれば、対面授業で用いている質保証のための手法を、配信手段の違いに合わせて微調整することで、オンラインでの専攻プログラムにも利用できるはずです。
11.1.5 質保証、イノベーション、学習成果
多くの質保証のプロセスはアウトプット、つまり学生が何を学んだかではなく、入口、つまりインプットに重点をおいて行われます。具体的には教員の学術的な資格、明確な学習目標、システムに基づいたコース・デザインの手法(例えばADDIE)など、効果的な指導のために用いられるプロセスに焦点を当てています。しかし質保証のプロセスでは振り返りも大切とされる場合が多く、過去の優れた取り組みにも注目します。
この点は特に、新しい指導法を評価する際に重要になってきます。Butcher and Hoosen (2014) は次のように述べています。
従来のような高等教育機関とは異なり、新しい教育機関において質保証をするのは簡単ではありません。というのも、伝統的な質保証の手法は、厳密に構造化された枠組みの中で教育と学習を評価するよう設計されているのに対して、新しい教育機関に対する質保証では、開放的であることと柔軟であることが評価の際に重視されるからです。
一方で Butcher and Hoosen (2014) は次のように述べています。
質に関する基本的な判断は、教育が従来からの方法で行われているか、それとも新しい方法で行われているかに左右されてはいけません。開放性が大きくなったとしても、教育機関の質保証には大きな変化は起きません。質の高い高等機関の原則は変わっていないからです。質の高い遠隔教育は、質の高い教育の部分集合であり、遠隔教育は一般的に教育に対して行われる質保証のシステムによって評価されなければいけません。
しかし、このような議論はデジタル時代の教育に対して疑問も投げかけています。デジタル時代における学習成果は自主的な学習、ソーシャル・メディアをコミュニケーションのために利用する能力や、知識管理といったスキルの発達を含んでいるからです。かつてはこのようなスキルは明示的に述べられることはありませんでした。通常、質保証のプロセスは、特定の学習成果にだけ結びつけて行うのではなく、より一般的な目標達成度を基準とした測定を行います。例えばコースの修了率、学位取得までの時間、過去の学習目標に基づいた成績評価などです。
第8章・第9章・第10章でも見てきたように、教育のための新しいメディアや方法は出てきたばかりであり、優れた実践として分析するにはまだ早すぎます。過去の実践に基づいてあまりにも厳格な質保証を行なってしまうと、教育におけるイノベーションや、新しく生まれつつある学習のニーズに合わせることが、否定的に捉えられてしまう恐れもあります。時には「優れた実践」に対しても疑問を呈し、新しい手法を試しつつ評価してみることも必要かもしれません。
11.1.6 質の本質に迫る
教育機関の適格認定、機関内部におけるプログラムの認可と再検討、一定の形式による質保証のプロセスは、特に外部への説明責任という意味で言えば重要ではありますが、教育や学習における質の本質を突いているとは言えません。それらはむしろ特別な公式行事における儀式的儀礼のようなものです。宮殿の前で行われる衛兵交代は、大統領や王室に対する反乱や侵略、テロなどへの実質的な防御というよりも、儀式的な意味合いを持っています。セレモニーや儀式と同じぐらい国家のアイデンティティーも重要です。強い国家は深い絆で結ばれているからです。同様に、効率的な学校や大学は、教育や学習を規制する管理プロセスだけで終わるようなものであってはなりません。
最悪なのは、管理プロセスがうまくいっているかどうかを確認するためだけに、質問紙に大量の項目を設けて、それにチェックをさせるだけのような質管理です。これではテクノロジーの利用によって、学生が効果的に、より多くのことを学んでいるかどうかを調査していないからです。本来、教育や学習は人間が行う活動なので、うまくいくためには教員と学習者の間に強い結びつきが必要な場合が多いでしょう。学習には感情や動機づけといった重要な側面があり、「良い」教員は、これらを活用しながら舵取りができるのです。
教育にテクノロジーを利用する上で多くの教員が心配していることの一つは、テクノロジーを使うことによって、教員と学生の間に感情的なつながりを築くことは難しくなる、あるいはできなくなるのではないかということです。このようなつながりがないと、困難に直面している学習者の手助けをしたり、学習者の学問に対する熱意を高めたり、より高度な理解に導くといったことができません。しかし今やテクノロジーは十分に柔軟で力強いものになっているので、適切に管理すれば、教員と学習者の間だけではなく、たとえ実際には会ったことがなかったとしても、学習者同士でのつながりを築くことができます。
これまで見てきたように、教育の質について考えるときには、このような感情面についても認識し、配慮する必要があります。行動主義に基づくテクノロジーの利用や質保証においては、この側面は見逃されがちです。さて、ここからは専門用語を用いて、優れた実践についての検討を重ねることに加えて、特にテクノロジーを利用した学習環境において人間がかかわる側面についても見ていきましょう。
11.1.7 クオリティーの保証:デジタル時代の目的に適合させる
ここまでの話をまとめると、以下のそれぞれがデジタル時代に適合する教育と学習のクオリティーを保証します。
- 教育法や教育へのテクノロジーの利用について十分な研修を受け、資格を持った当該分野の専門家
- 資格と専門知識を持った学習テクノロジーをサポートするスタッフ
- 適正な教員・学生比率など、適切なリソース
- 適切な作業方法(チーム・ワークやプロジェクト管理)
- 継続的な改善につながる体系的な評価
キャンパスで教育を行なっていた機関がハイブリッド型あるいはオンライン教育に移行する際に、どのようなことを行なっているかにもっと注目する必要があるでしょう。こうした機関では優れた実践を参考にしているのでしょうか。それとも教室とオンライン学習の双方の強みを活かした、革新的でより良い指導法を開発しているのでしょうか。xMOOCsの設計や、アメリカでオンライン学習を導入した短大における高い中退率をみる限りでは、どうもそうではないように見えます。
学習者にとってデジタル時代に必要な知識やスキルを育成することが目標であるならば、「基準」にしたがってクオリティーを評価する必要があります。また同時に教育において一般的に優れているとされる実践についての知識も活用する必要があるでしょう。この章で扱うデジタル時代におけるクオリティーの高い教育への提案は、この「目的に適合させる」という原則に基づいています。
アクティビティー 11.1 教育・学習におけるクオリティーを定義する
1. 以下の現状についてどう思いますか。
- 機関の適格認定
- 内部の質保証プロセス
現在行われているこれらのプロセスは教育や学習における質を保証していますか。保証していないとしたらなぜですか。
参考文献と課題図書
Butcher, N. and Wilson-Strydom, M. (2013) A Guide to Quality in Online Learning Dallas TX: Academic Partnerships
Butcher, N. and Hoosen, S. (2014) A Guide to Quality in Post-traditional Online Higher Education Dallas TX: Academic Partnerships
Chickering, A., and Gamson, Z. (1987) ‘Seven Principles for Good Practice in Undergraduate Education’ AAHE Bulletin, March 1987.
Clarke-Okah, W. et al. (2014) The Commonwealth of Learning Review and Improvement Model for Higher Education Institutions Vancouver BC: Commonwealth of Learning
Graham, C. et al. (2001) Seven Principles of Effective Teaching: A Practical Lens for Evaluating Online Courses The Technology Source, March/April
Jung, I. and Latchem, C. (2012) Quality Assurance and Accreditation in Distance Education and e-Learning New York/London: Routledge
MEXT (2009) Quality Assurance Framework of Higher Education in Japan. Tokyo: MEXT