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3.4.1 対話とディスカッションの理論的・学術的根拠

教員であれば直感的に認識していることですが、研究者は有意味学習と暗記学習を明確に区別しています。 (Asubel, 1978) 有意味学習においては、学習者は暗記することや事実、思想、原理の表面的理解にとどまらず、それらの事実、思想、原理が学習者自身にとってどのような意味を持つかを、より深く理解することなります。Marton and Saljö は、大学生が実際にどのように学習を行うかを検証する研究を行い、学習への深いアプローチと表面的なアプローチを区別しています。 (Marton and Saljö, 1997 などを参照) 深いアプローチを選ぶ学生は、もともと学習内容に内発的な興味を持っている傾向にあるとされます。このような学生は、あるトピックについて、もっと知りたいから学ぶという動機を持っています。一方、表面的なアプローチを選ぶ学生は、どちらかと言えば道具的な動機を持っていると言えます。学習への興味は主に合格点を取る、あるいは資格を取るといった必要性があるかどうかによって駆り立てられるものだからです。

Marton and Saljö に続く研究(例えば Entwistle and Peterson, 2004)では、学生がもつ最初の学習への動機付けだけでなく、その他の様々な要因も、学生が学習にどうアプローチするかに影響することを示しています。とりわけ、一般的に以下のような場合に、学生が学習に対して「表面的な」 アプローチをとると言えます。

  • 情報の伝達に重点が置かれる
  • 主に暗記に依存するテストがある
  • インタラクションやディスカッションがない

他方、学習への「深い」アプローチがみられるのは、次のようなことに重点が置かれる場合です。

  • 分析、批判的思考、問題解決
  • 授業内でのディスカッション
  • 分析・統合・比較・解釈に基づいた評価

Laurillard (2001) と Harasim (2010) が強調しているのは、学生は常に具体的なものと抽象的なものの間を行き来しながら、論理、証拠、議論といった学問的な基準に基づいて、学問的知識を作り上げていく必要があるということです。その代わりに必要となるのが強力な教員の存在であり、対立する考え方を示す中で議論を行なっていきます。そして教員は当該学問分野のルールや基準の範囲内で、それぞれの主張や融和を促し、議論に発展性を与えながら展開させることになるのです。Laurillard はこのような学習のことを「修辞的効果を身につける練習」と呼び、世界について様々な観点から学習者たちに考えさせるようにしました。この実現のためには対話やディスカッションが不可欠となるのです。

構成主義者たちは知識について、主に社会的なプロセスを通して習得されると考えています。また、そのプロセスの中で、学生たちは表面的な学習を超えて、深いレベルでの理解に至る必要があるとしています。一方、結合主義者たちも学習へのアプローチでは学習者同士をつなぐことを非常に強調しており、全ての学習者がお互いにやり取りしたり議論したりしながら学んでいると考えています。そこでは学習者自身の関心事と、その関心事が他の参加者の関心事とどの程度結びついているかの両方によって学習が進められていきます。グループ全体で考えるならば、各自の関心事はさまざまかもしれませんが、参加する人数が非常に多ければ、全ての学習者が議論する関心事は1つにまとまっていく可能性が高くなります。

ここまでで言及してきた理論と調査を組み合わせて考えると、デジタル時代に求められる学習の形は、学生同士や教員-学生間で頻繁に対話を行うことだと言えるでしょう。対話はあらかじめ議論の項目を決めて行われることが普通ですが、次のセクション以降では伝統的に教育者がこのような形式での学習を、これまでどのように進めてきたかについて検討します。

3.4.2 ゼミとチュートリアル

定義:

ゼミとは集団で集まることである。(実際に顔を合わせる、またはオンライン上で。)例えば話題の選定や各学生への課題についてなど、集団としての学習体験をどのようにデザインするかは教員の責任であるが、少なくとも集団に属する学生は教員と同等に活発に学習に参加する。

チュートリアルとは学生と教員の1対1あるいは非常に小さい集団(3〜4名)の学生と教員との間で行われる授業である。学生が考えを示したり議論したりすることについては、少なくとも教員と同様に活発に参加することになる。

ゼミは6名程度から30名程度までの人数になることもあります。 一般的な認識としては、ゼミは学生数が比較的少ない場合に、最もうまくいくとされています。したがって、ゼミは大学院レベルか学部の最終学年でよく見られる学習形態と言えます。

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Socrates and his student: Johann Friedrich Greuter, 1590: (San Francisco, Achenbach Foundation for Graphic Arts 
図3.4.2 ソクラテスと学生: Johann Friedrich Greuter, 1590: (San Francisco, Achenbach Foundation for Graphic Arts)

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ゼミにもチュートリアルにも非常に長い歴史があり、少なくともソクラテスやアリストテレスの時代に遡ることができます。ソクラテスもアリストテレスも古代アテネの貴族に仕える専属教師でした。アリストテレスは若いころのアレキサンダー大王の専属教師であり、ソクラテスは哲学者プラトーの専属教師でした。しかしソクラテスは自らが専属教師であることを否定しており、当時の古代ギリシャで一般的であった「教師は学生というカップに中身を注ぐ水差しである」という考え方に反対していました。むしろプラトンによれば、ソクラテスは対話と質問を使って「何が本当で、真実で、良いものかを自分自身で見つけられるように手助けをした」(Stanford Encyclopedia of Philosophy) というのです。このことから、ゼミやチュートリアルは極めて構成主義的な教授・学習のアプローチであると言えるかもしれません。

ゼミやチュートリアルは様々な形態をとり得ます。似たようなことは中等教育の学校でも行われますが、特に大学院レベルでよくある形態では、教員が予習課題を一部の学生に割り当てておき、その課題について当てられた学生はゼミで他の学生に発表し、議論をしたり、批評をしてもらったり、改善するための提案を受けたりするというものです。各回のゼミでは2〜3人の学生しか発表の時間が取れないかもしれませんが、学期全体では全ての学生に順番が回ることになります。別の形態としては、事前にゼミに参加する全員に対して、先端的な文献課題や研究をしてくるよう指示しておき、ゼミの時間には、事前学習の成果を生かした包括的な議論を行うために教員が論点を紹介するという方法もあります。

チュートリアルはゼミの特殊な教育形態の一つで、アイビーリーグの大学や、特にオックスフォード大学やケンブリッジ大学の教育の特徴であると見なされています。チュートリアルは教授と2人の学生だけで行われることさえあります。一人の学生は気づいたことを発表し、教授はその学生が想定していることについて厳しい質問を投げかけながら、もう一人の学生をも議論に引き込んでいくという、ソクラテス的な方法にきっちりと基づいて行われることが多いです。

このような対話に基づく学習形態であるゼミもチュートリアルも、教室という文脈の中だけではなく、オンラインでも行われます。オンラインでのディスカッションについてはセクション4.4で詳しく議論することにしますが、ディスカッションをオンラインで行う場合と対面で行う場合とを比較すると、一般的には相違点よりも類似点の方が多いと言えます。

3.4.3 ゼミは大規模な教育システムの中で実用的な方法なのか

多くの教員にとって理想の教育環境とは、ソクラテスが菩提樹の下で、3〜4人の熱心で、やる気のある学生に囲まれているイメージでしょう。残念ながらこのような環境は、一部のエリート集団を相手とする教育機関や、高い学費の教育機関以外では実現不可能です。高等教育は大人数を対象におこわなれるという現実があるからです。

しかし学生数が25〜30人のゼミは非現実的というわけではありません。それは公立大学の学部教育であっても同様です。さらに重要なことですが、学生たちがデジタル時代に最も必要になるであろうスキルの習得の促進につながる教育は、このようなゼミの形態でも可能になるのです。ゼミは学生のニーズに合わせて、教室でもオンラインでも行うことができますので、柔軟性が高いものと言えるでしょう。ゼミは各々の学生が予習をして臨む場合に最も効果があることは間違いありません。しかし最も重要なことは、教員がこのような形態で教えることができる能力を持っていることであり、伝達型の講義を行う場合とは別の能力が必要です。

高等教育を受ける学生の数が増加したことは問題ですが、それが全てではありません。例えば、教えるコマ数が少なく、主に大学院生を教えている上級(シニア)の教授などは、学部レベルの大人数クラスでも伝達型の講義を行なってしまうことになるでしょう。仮にシニアの教授や経験豊富な教員が一人でも多く伝達型の講義を辞めて、学習すべき内容を学生に発見させながら分析させるような授業に変えていくことができれば、より多くの時間をゼミ型の授業に充てられるのではないでしょうか。

こういったことはコストに関わる問題ではあるのですが、組織的な問題、つまり何を選ぶか、そして優先すべきことは何なのかという問題でもあるのです。学生にデジタル時代に必要なスキルを身につけさせたいのであれば、大人数の伝達型の講義ではなく、ゼミ型の教授・学習アプローチを、これまで以上に取り入れていくことで、より良い結果が生まれるでしょう。

アクティビティー 3.4 概念的学習の質を高める

  1. グループ・ディスカッションの場面では、教員は学習者に対して、どのような介入をすることが深い概念的学習に向けた手助けにつながると思いますか。
  2. グループ・ワークや概念的学習の質を高めるために、どのようにすれば200人以上の講義形式の授業を作り直すことができるでしょうか。

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デジタル時代の教育 by Anthony William (Tony) Bates is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial 4.0 International License, except where otherwise noted.

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