77
近年、MOOC がメディアの注目を集めていますが、私は、OER、オープン・テキスト、オープン・リサーチ、オープン・データの発展は MOOCよりもはるかに重要であり、はるかに革命的であると考えています。その理由を以下で述べていきます。
10.4.1 ほぼ全てのコンテンツが無料で公開されます
いずれ、ほとんどの学術コンテンツは誰にでも簡単にアクセスでき、インターネットを介して自由に利用できるようになります。これは教員から学生への権力の移転を意味することになるかもしれません。学生は主なコンテンツの提供元として、もはや教員だけに依存しなくなるでしょう。既に一部の学生は、オープン・コースウェア、MOOCs、カーン・アカデミーでの指導の方が、より明確で良質であるため、学んでいる教育機関の授業をすっぽかしています。先進的なアイビーリーグ大学を含んだ最高の講義や教材に対して、世界中のどこからでも無料でアクセスできるのであれば、なぜ中西部の州立大学の二流レベルの教員からコンテンツを入手したいのでしょうか。この教員が学生に提供できる付加価値は何でしょうか。
この質問には適切な答えがありますが、それは学生がどこからでもアクセスできるものにない独自性を含めるため、いかに教員がコンテンツを提示・設計するかについて、慎重に慎重を重ねて検討することを意味します。研究中心の教授の場合には、未発表の最新の研究内容を含めることができるかもしれません。他の教員にとっては、特定のトピックに対する独自の視点であり、さらに他の教員にとっては、他領域との学際的なアプローチを統合して提供するトピックの独自の組み合わせとなるでしょう。ほとんどの学生に受け入れられないのは、より高品質なものがインターネット上の他の場所で簡単に見つけることができる、標準的なコンテンツの再パッケージ化でしょう。
さらに言えば、デジタル時代に必要とされる重要なスキルの1つである知識管理に注目した場合、教員が行うよりも、学生にコンテンツを見つけさせ、分析させ、評価させ、応用させるようにした方が良いかもしれません。他の場所でほとんどのコンテンツを見つけることができるのであれば、学生が通う教育機関に対して求めていることは、どちらかと言えばコンテンツの配信よりも、むしろ学習への支援でしょう。つまり学生をコンテンツが配信されている適切なところへ案内し、概念の理解に苦しんでいるときに学生を助け、学生自身の持つ知識を応用し、スキルを伸ばし練習する機会を提供することです。そして学生が必要な時に関連性のある迅速なフィードバックを与えることも該当するでしょう。何よりも学生が勉強できる豊かな学習環境をつくることを表します。(付録A参照)また、情報伝達から知識管理へ、すなわちコンテンツの選択、構造化、提供から、学習者支援へと変化することを意味します。
したがって、ほとんどの学生にとっては(最先端の研究を行う大学の学生は例外でしょうが)、学習サポートの質は、どこからでも得られるコンテンツの質よりも重要です。これは主にコンテンツの専門家であると考える教員にとって大きな課題です。
10.4.2 モジュール化
小さな学習目標を素材に、5分から1時間の教材のような「モジュール」としての OER が作成され、ますます市場が多様化することで、OER の2つの重要な原則が生まれ始めています。それは、再利用と再構成です。つまり、オープン・アクセス可能なデジタル形式で利用できるコンテンツは、シナリオHのように様々な利用法と統合され、他の OER と組み合わせて単一の教育モジュール、コース、専攻プログラムを作成することができます。
オンタリオ州政府はオンライン・コース開発基金を拠出し、教育機関に対して OER の新たな開発を奨励しています。これにより、いくつかの大学では同じ分野のコンテンツ(例えば統計)を教える異なる学部で働いている学内の教員を集めて、学部間で共有できる中核的な OER を開発しました。考えられる次のステップは、統計に関わるオンタリオ州の教員が集まり、統計のカリキュラムの大部分を教えることができる OER モジュールを統合したセットの開発です。共同開発には次のような利点があります。
- 素材を集めることによる質の向上。(インストラクショナル・デザイナーや Web プロデューサーから得られる支援もあわせて、2人の専門家でやった方が1人の専門家よりもよい。)
- 1人の教員や1つの教育機関が作成するよりも多くの OER を作成できる。
- 科目の一貫性と重複の回避。
- ある教員が他の機関で作成した OER の選択と設計に関してアドバイスしている場合、その機関で作成された教材を利用する可能性が高くなります。
OER の範囲と質が向上するにつれて、教員も学生も「ブロックを積みあげるように」OER を利用してカリキュラムを構築することができるようになります。この目的は、教材を作成する教員の時間を削減し(ひょっとすると他人の研究分野にはあまり時間をかけず、自分の研究分野の OER の作成に集中できるようになるかもしれません)、そしてその時間をコンテンツの提供よりも学生の学習を支援することに費やすことにあるでしょう。
10.4.3 サービスの細分化
オープン教育とデジタル化により、教育機関が提供してきたサービスの塊全体を、教育市場や個々の学習者固有のニーズに応じて、分割して提供することができるようになりました。学習者は、各自のニーズに最も適したモジュールまたはサービスを選択して利用することになるでしょう。これは特に生涯学習者に向いている可能性が高いです。この転換への兆候は既に一部では発生していますが、多くの本当に重要な変化はまだ起こっていません。
10.4.3.1 入学と専攻プログラムのカウンセリング
これはニューヨーク州立大学の一部であるエンパイア州立大学が既に提供しているサービスです。学業への復帰や転職を考えている成人の学習者は、過去の生活や将来の希望に合わせて、どのようなコースの組み合わせを大学から提供してもらえるかについて、指導を受けることができます。つまり、入学することに関心を持っている学生が、自身の学位を設計できるということです。将来的には一部の教育機関では、全ての学部でこのようなサービスを始める可能性があります。
10.4.3.2 学習者に対するサポート
学生はインターネットで MOOC のような手段を通じて、勉強したいことを既に決めているかもしれません。彼らが求めているものは学習に対する支援です。例えば、課題の書き方、情報を探す場所、提出物と考え方に対するフィードバック等です。彼らは必ずしも単位、学位、その他の資格のために学んでいるわけではありませんが、必要なら評価のために別途支払うでしょう。現在、学生は個人的な指導を受けた場合にその費用を支払っていますが、適切なビジネス・モデルを構築できるのであれば、教育機関がこのサービスを提供することもできるかもしれません。
10.4.3.3 評価
学習者は、学習や課題をこなす中で、単位認定試験を受けられると感じるかもしれません。彼らは教育機関に評価してもらう機会を欲しています。ウェスタン・ガバナーズ大学やトンプソン・リバーズ大学のオープン・ラーニング部門のような機関では既にこのサービスを提供しています。これは入学前学習に対する単位認定である PLAR(訳注:カナダで行われている生涯教育などでの評価方法の一つ)のような形態を導入している多くの大学にとって、考えうる次のステップとなるでしょう。
10.4.3.4 資格
学習者は、様々な機関から様々な単位、バッジ、または証明書を取得しているかもしれません。教育機関はこれらの資格と経験を評価し、学習者がさらに必要な学習を支援し、資格を授与します。入学前学習に対する単位認定である PLAR はこの方向へ向かう方法ですが、これは唯一の方法ではありません。
10.4.3.5 完全オンラインのコースや専攻プログラム
キャンパスに参加できない、または参加したくない学習者にとっては、そのようなコースの費用は、完全にキャンパスで学習する学生よりも低くなります。
10.4.3.6 コンテンツへのオープン・アクセス
この場合、学習者は資格を求めているのではなく、コンテンツへのアクセス、特に知らない知識や最新の知識へのアクセスを望んでいます。MOOCs はその一例ですが、他にも OpenLearn やオープン・テキストがあります。
10.4.3.7 完全なキャンパスでの学び
これは、フルタイムのキャンパス型の学生が現在受けている「伝統的な」統合パッケージです。ただし、これは完全にコストがかかるため、細分化された他のどんなサービスよりもはるかに高価です。
10.4.3.8 資金調達モデル
私はこれらのサービスを、特定の資金調達モデルと関連付けないように注意してきたことを知っておいてください。これは意図的です。なぜなら次のような可能性があるからです。
- それぞれのサービスは別々に価格設定されており、学生はそのサービスに対して支払います。ただし、利用していない他の学生は支払いません。
- 教育バウチャー制度により18 歳の人全員が州から中等後教育のための名目上の財政的支援を受けることができ、個々の資金が尽きるまで一定範囲のサービスへ支払うことができます。
- 公的資金によるオープン教育システムの一部として、全ての、あるいは一部のサービスは無料で利用できるようになるかもしれません。
資金調達モデルがどうであれ、教育機関は様々なサービスに対して、正確に価格を設定することができる必要があるでしょう。
10.4.3.9 より柔軟な教育サービスの必要性
いずれにせよ、フルタイムの教育を希望する高校生、研究を希望する大学院生、そして公的資金による高等教育システムを既に通過している生涯学習者と、学習者のニーズは多様化しており、職業上、または個人的な理由から学習し続けたいと考えています。このように多様化するニーズに対して、デジタル時代の教育の機会を提供するためには、より柔軟なアプローチが必要です。無料のオープン・コンテンツへのアクセスのしやすさと結びついたサービスの分離と新しい資金調達モデルは、この柔軟性を発揮できる方法の一つです。この問題に関する別の見解については、Carey (2015) や Large (2015) を参照してください。
10.4.4 「オープン」なコースのデザイン
高品質なオープン・コンテンツの利用可能性の増加は、教員による情報伝達から、学習者による知識管理への移行を促進する可能性があります。またデジタル時代においては、コンテンツを暗記することよりも、科目内に埋め込まれているスキルの習得に、一層焦点を当てる必要があります。
OER の利用で、以下のような様々な方法でのスキルの習得が可能になるかもしれません。
- 教師による定義、または学習者の自己管理による、知識、スキル、コンピテンシー開発の一環として、インターネット上および実際の生活の中でコンテンツにアクセスする、学習者中心の教育アプローチ。ただしコンテンツは公式に承認された OER に限定されるものではなく、インターネット上の全てのものを対象とする。学習者にはコア・スキルの1つとして、様々な情報源にどのように到達するか、そしてどのように評価するかが必要だからである。
- 広範な専攻プログラムの文脈内で共通して利用でき、内外でも共有可能な学習教材を開発する、教員や教育機関による共同事業。コンテンツが自由に利用できるだけでなく、他の教員や学習者が自身の文脈に合わせた利用ができるように、基盤となる教育原則、学習成果、学習者に対する評価の方針、学習者のサポートが必要なもの、演習問題、プログラム評価手法が含まれています。このアプローチは次の機関で既に採用されています。
- the Carnegie Mellon Open Learning Initiative
- イギリスのオープンユニバ-シティが提供する OpenLearn プロジェクトの一部
- the Virtual University of Small States of the Commonwealth
- OER Africa
このような技術の進化により、講義ベースの教育を大幅に削減し、より多くのプロジェクト学習、問題解決型学習、協働学習への動きにつながる可能性があります。また、決まった時間と場所での筆記試験から、より継続的なポートフォリオ型の評価へと移行するでしょう。
明確に定義された学習成果に焦点を当てた、強力な学習設計の枠組みの中で、特にスキルの習得に関しての教員の役割は、学習者がコンテンツをどこでどのように見つけるか、コンテンツの関連性と信頼性を評価する方法、どのコンテンツが中心的で、どのコンテンツが周辺的であるかについて指針を与えること、そして情報の分析、応用、提示の際の支援へと変わっていくでしょう。
学生は主にオンラインで、マルチメディア形式の学習成果物やデモンストレーションを開発し、作業のオンライン・ポートフォリオを管理し、編集しながら、評価のために選んだ成果物の提示を協働作業で行います。
10.4.5 結論
鳴り物入りの派手な宣伝だったにも関わらず、MOOCs は、望んだ教育への十分な接続ができない学習者に高品質の資格を提供することに関しては、本質的には行き止まりの状態です。教育への主な障害は、安価なコンテンツの不足ではなく、資格認定につながる専攻プログラムへのアクセスの欠如です。その原因は、プログラムが高すぎる、または十分な資格のある教員がいない、あるいはその両方です。二次利用のために適切に設計されているのであれば、コンテンツを無料にすることは時間の無駄にはなりませんが、それを学習の枠組みに適切に統合するには、まだ多くの時間と労力が必要です。
OER はオンライン教育において本当に重要な役割を果たしています。しかし OER は学習者と教員の相互作用の機会など、学習をサポートするために必要な重要な活動を含む、より広範囲な学習上の文脈に当てはまるように、そして平等に参加する事業や、共有を促進しながらお互いにサポートし合うという背景のような、共有の文化に当てはまるよう設計・開発する必要があります。OER を教育の万能薬と見なすことは有害です。OER を役立つものにするには、スキルと真剣な努力が必要です。
オープンで柔軟な学習と、遠隔教育と、オンライン学習は、それぞれ異なるものを意味しますが、共通する一つのものは、従来のキャンパス型でのプログラムを受けられない人や、受けないことを選んだ人のために、質の高い教育や研修の代替手段を提供する試みであるという点です。
最後に、教材を無料にするために克服できない法的、技術的な障壁はありません。ただし OER の利用を成功させるには、著作権者(教材の作成者)と利用者(この教材を教育で利用する可能性がある教員)の間で、特別な考え方が必要となります。つまり文化的に変化することが今後の主な障壁になるでしょう。
結局のところ、豊富な資金が投入される公立の高等教育システムは、依然として大多数の人々に高等教育を受けられるようにするための最善の方法です。そうは言っても、このシステムには改善の余地が大いにあります。オープン・エデュケーションとそのためのツールは、非常に重要な改善を促す、最も有望な方法を提供します。
10.4.6 未来はあなた次第
ここまでの話は今後、コンテンツや素材を「オープン」にしていくことで、私たちの教え方と学生の学び方が劇的に変わる可能性があるということについての私の解釈に過ぎません。この章の冒頭には私が作成したシナリオがあります。これは、ある1つのプログラムでこれらがどのように進んでいくかを示しています。
さらに重要なことですが、未来のシナリオは1つだけではなく、数多くあります。未来は多くの要因によって決定され、その多くは教員の制御が及ばない類のものです。しかし私たちが教員として持っている最も強い武器は、私たち自身の想像力とビジョンです。オープン・コンテンツとオープン・ラーニングは教育を通じて生み出される、平等と機会という特別な考え方を反映したものです。私たちが教員として、そしてさらに多くの人が学習者として、この考え方を採用するかどうかを決めることができる多様な方法があります。しかし、テクノロジーは現在、この決定を下す際に、より多くの選択肢を提案しています。つまり、アクセスと教育の機会を拡大することを目的とした、より多くのシナリオの見通しがあります。
参考文献
Carey, K. (2015) The End of College New York: Riverhead Books
Large, L. (2015) Rebundling College Inside Higher Ed, April 7
重要ポイント
- オープンエデュケーショナルリソースには多くの利点がありますが、効果的に利用するためには、適切に設計され、豊かな学習環境に組み込まれている必要があります。
- OER、オープン・テキスト、オープン・リサーチ、オープン・データの利用可能性が増えつつあることは、将来的にはほとんど全ての学術コンテンツが公開され、インターネットを介して自由にアクセスできるようになることを意味します。
- その結果、学生はコンテンツの取得ではなく、デジタル時代に必要とされるスキルの修得に対する学習支援を教育機関にますます求めるようになります。これは教員の役割とコースの設計に大きな影響を与えるでしょう。
- OER やその他の形式のオープン・エデュケーションは、デジタル化時代における学習者のニーズの多様性の増大に対応するために必要とされる、学習サービスのモジュール化や細分化が起こるでしょう。
- MOOCs は教育を十分に受けられない学習者に高いレベルの資格を提供することに関して、本質的には行き止まりの状態です。MOOCs の主な価値は、非公式な教育の機会を提供し、実践コミュニティを支援することです。
- OER、MOOCs、オープン・テキスト、その他のデジタル形式のオープン性は、学習機会へのアクセスを拡大する上で重要ですが、究極的には教育機会への平等なアクセスを可能にする中心的基盤であり続けている、潤沢な資金を受けた公教育システムの代理ではなく、それを高めるものにすぎません。
アクティビティー10.4 あなた自身のシナリオを構築しましょう
シナリオGを読んでください。OER を積極的に取り入れ、様々な配信方法を活用した、あなた自身のコースや専攻プログラムの将来のシナリオを構築できますか。例えば、教員養成ワークショップを通じて、他の教員、教育デザイナー、Webプロデューサーなどと一緒に行うことができれば、これはより簡単で効果的になるでしょう。