51
前の章では、メディアやテクノロジーの3つの中心的な次元上への配置について明らかにしました。続く2つの章では、教える際にどのメディアを使うべきかを決める方法について説明します。主にこの章では、メディアごとの教育的な違いに焦点を当てます。次の章では、指導に用いるメディアやテクノロジーについて意思決定を行うときに使うモデルや一連の基準について説明します。
7.1.1 最初のステップ
教育や職業訓練のために利用されるテクノロジーは、どんな決定であっても学習プロセスについての前提として埋め込まれています。そして私たちはこれまでこの本の中で、いかに認識論的な立場と学習理論の違いが教育の設計に影響を与えるか、そして教員が適切にメディア選択を決定する際に、この違いが与える影響について見てきました。ですから最初のステップは、あなたが何をどのように教えたいのかを決めることです。
このことは第2章・第3章・第4章・第5章で深く扱っていますが、要約すると、教育や学習のためにメディアやテクノロジーを選ぶ必要がある重要な論点が5つあります。
- 知識と教育についての土台としては、どのような認識論的な立場にあるでしょうか。
- 教育による理想的な学習結果とは何でしょうか。
- どんな教授法が学習成果の把握に使われるでしょうか。
- それぞれのメディアやテクノロジーを使うにあたって、それぞれの教育上の独自性は何でしょうか。また、学習や教育の要件にどのぐらいうまく適合するでしょうか。
- どのような素材を使うことができるでしょうか。
これらは順番に尋ねられるというわけではありませんが、たびたび、そして繰り返し尋ねられる質問です。それはメディアのアフォーダンスによって、別の指導方法や、当初想定すらされなかった学習結果をもたらす可能性があり得るからです。それぞれのメディアに独特の教育的特性を考慮するとき、これらによってどのようなコンテンツが網羅され、どのようなスキルが開発されるかによっては、何らかの変更が発生する可能性があります。したがってこの段階では、コンテンツと学習成果に関する決定は暫定的なものに留めておく必要があるでしょう。
7.1.2 メディアに独特な教育上の特性を見極める
それぞれのメディアにはそれぞれ異なる可能性、つまり学習の種類によって異なる「アフォーダンス」があります。指導の上手さの一つは、メディアと希望する学習成果が最大限に一致するかどうかを見極められることにあります。本章ではこれらの関係について見ていきますが、まずはこの話題についての膨大かつ優れた先行研究の要約から始めましょう。(例えば Trenaman, 1967; Olson and Bruner, 1974; Schramm, 1977; Salomon, 1979, 1981; Clark, 1983; Bates, 1985; Koumi, 2006; Berk, 2009; Mayer, 2009など。)
この領域の研究では、利用するメディアを決める際に考えなければならない3つの中心的な要素があることが示されています。
- コンテンツ
- コンテンツ構造
- スキル
Olson and Bruner (1974) は、学習には2つの異なる側面があると主張しています。一つは事実、原理、考え方、概念、事象、関係性、ルールと法律に関する知識の習得です。そしてもう一つはこれらの知識をスキルの開発につなげていくための使い方を知ることです。繰り返しますが、これは必ずしも連続的なプロセスではありません。スキルを決定してから、その作業に必要なスキルを支える概念や原理を決定することも有効な方法と言えるでしょう。実際には多くの場合、どんな学習プロセスであっても、学習コンテンツとスキル開発は繋がっています。とは言え、テクノロジーの利用を決める際にはコンテンツとスキルは分けて考える方が便利です。
7.1.2.1. コンテンツの表現
情報をコード化する際に利用する記号システム(文字、音声、静止画像、動画など)が異なるので、表現できるコンテンツはメディアによって様々に変化します。(Salomon, 1979) 第6章では様々なメディアにおいて、異なる記号システムを組み合わせることができることについて見てきました。記号システムを組み合わせる際にメディアが異なれば、それぞれのメディアを使ってコンテンツを表現する方法も影響を受けます。つまり、同じ科学実験であっても、直接体験すること、書き言葉で説明すること、テレビ放送されたものを録画すること、コンピュータ上でシミュレーションすることの間には違いがあります。また、同じ実験について、違う種類の情報を伝えるために、異なる記号システムが使われています。例えば、熱の概念は直接触ること、数学的シンボル(摂氏800度)、言葉(分子のランダムな動き)、アニメーション、実験の観察によって伝えることができます。私たちの熱に対する「知識」は静的なものではなく、発達段階に応じた結果なのです。学習の大部分は、様々なメディアや記号システムを通じて獲得したコンテンツの心的統合を必要とします。このような理由から、概念や考え方をより深く理解することは、多くの場合、様々なメディアに由来するコンテンツの統合の結果です。 (Mayer, 2009)
そしてメディア自体も、具体的な、あるいは抽象的な知識を扱うことができるかどうかという点において違いがあります。抽象的な知識は主に言語を介して処理されます。全てのメディアは書き言葉や話し言葉の形で言語を扱うことができますが、具体的な知識を伝える能力には違いがあります。例えばテレビでは、抽象的な概念を具体的に伝えることができます。つまり具体的な出来事を動画で、抽象的な出来事の分析は音声で伝えます。うまく設計されたメディア利用は、学習者を具象から抽象へ、そして再び具象へと移動させることができますので、さらにもう一段階、深い理解へと誘うことができます。
7.1.2.2 コンテンツの構造
メディアはコンテンツを構造化する方法によっても違いがあります。書籍、電話、ラジオ、ポッドキャスト、対面指導は全て直線的かつ連続的に情報を伝える傾向があります。このようなメディアでは並列した活動を提示することができますが(例えば印刷物では別の章で同じ出来事を違う視点から伝えることができます)連続的にそのような活動を提示する必要があります。コンピュータやテレビでは、同時に発生している複数の出来事の間の関係性を、より分かりやすく伝えたり、シミュレーションしたりすることができます。また、コンピュータは通常は予め定義された範囲内で、情報の分岐や異なる経路を辿った場合を扱うことができます。
テーマによっては、どのような情報を組み込むべきかが大きく異なります。例えば自然科学や歴史のような領域では、学問分野の内部で定められた特定の論法によってコンテンツが構造化されます。この構造化は、特定の順序や異なる概念の間の関係を重視するといった、非常に窮屈で論理的なものであるかもしれません。あるいは学習者に対して自由な議論や直感的な考えを要求しながらも、高度に複雑な現象についての検討を必要とするような、開放的で緩やかなものかもしれません。
情報が象徴的に提示される方法と、様々な領域で必要とされる構造を扱う方法の両方がメディアによって異なるのであれば、要求される提示方法とテーマの主要な構造に最もよく適合するメディアを選択しなければなりません。ですから、テーマ領域が異なれば、別のバランスでのメディア利用が必要となるというわけです。つまりメディアの選択と利用には、本当に選ばれたメディアによって、当該分野における提示的要件や構造的要件ときちんと一致しているかどうかを確認するため、それぞれの分野の専門家たちが深く意思決定に関わる必要があるのです。
7.1.2.3 スキルの開発
メディアは様々なスキルを開発するのに役立つことができる範囲も異なっています。ここでのスキルとは知的なものから精神運動に関わるもの、そして感情的(情動的、雰囲気的)なものまでを範囲に含めて良いでしょう。Koumi (2015) は Krathwohl (2002) によるブルームの学習目的の分類 (Bloom, 1956) の改訂版を使い、文字と動画による学習目的のアフォーダンスを Krathwohl の学習目的の分類に割り当てました。
「理解」はほとんどの教育コースにおいて、知的な学習成果の最低限のレベルと言えるでしょう。例えば Marton and Säljö, 1976 のような先行研究では、表層的な理解と深層的な理解を区別しています。最高レベルのスキルは、学習したことを新しい状況に「応用」できることです。このためには分析、評価、そして問題解決のスキルが必要になります。
したがって、最初のステップは、一部のメディアを使うことが学習成果の面で新たな可能性を生み出すかもしれないということを認識しながら、それぞれの学習目標や成果について、コンテンツとスキルの両方から確認することです。
7.1.3 教育学的アフォーダンス – あるいは独特のメディア特性?
「アフォーダンス」は心理学者の James Gibson (1977) が、ある物体の環境に対する可能性として知覚できるものを説明するために最初に提唱した用語です。例えばドアのノブは利用者に回すか引っ張るかで開けることを知覚させるものであり、平らなプレートのついたドアは押して開けることを知覚させるものです。この用語はインストラクショナル・デザインやヒューマン・マシン・インタラクションを含む、多くの学問分野で取り入れられました。
つまり、あるメディアが持つ教育学的アフォーダンスとは、そのメディアを特定の教育的な用途で利用できうるかどうかということと関係があります。しかしアフォーダンスとは利用者(この場合は教員)の主観的な解釈によるものであり、そのメディアに固有ではないはずの方法で、あるメディアを利用できるということが頻繁にあり得るということに留意しておく必要があります。例えば、動画を使うことで講義を録画して配信することができます。その意味では、講義と動画には少なくとも1つ、アフォーダンスが似ているところがあります。また、学習者が教員の意図した通りにメディアを使わないこともあり得ます。例えば、Bates and Gallagher (1977) は社会科学専攻の学生の一部が、概念の提示ではなく、知識の応用や分析を必要とするドキュメンタリー形式のテレビ番組には反対したことに気づきました。
私自身もそうですが、他の研究者たちは「アフォーダンス」よりも、「メディアの持つ独自の特徴」という言葉を使ってきました。なぜなら「独自の特徴」はメディアを利用する際に、他のメディアでは簡単に真似のできないような特定の用途があることを示唆するからです。したがって、メディアの選択と利用について、より優れた弁別性を持つものとして機能します。例えば、機械的なプロセスのスローモーションを見せるために動画を使うことについて、不可能ではないにせよ、他のメディアによる置き換えはかなり困難です。
メディアの性質について主観的な解釈を取り入れるわけにもいきませんし、メディア自体が柔軟であるという特徴がありますので、結論を急ぐわけにはいかないことには留意した上で、ここから先の議論では、私は一般的なアフォーダンスよりもむしろ、他にはない独特のアフォーダンスに重点を置きながら進めていきます。
続くセクションでは以下のそれぞれのメディアに独特な教育的特徴の一部としてどのようなものであるかの考察を試みます。
- 文字
- 音声
- 動画
- コンピュータの利用
- ソーシャル・メディア
厳密に言えば対面授業もメディアの一種ではあるのですが、対面授業に独特な特徴については、配信方法について述べる第9章で詳しく扱います。
7.1.4 練習の目的
それぞれのメディアについての分析を開始する前に重要なのは、この章での私の目標を理解していただくことです。私は決してそれぞれのメディアに独特な教育的特徴について、最終的な一覧を提供しようとしているわけではありません。教育の背景は非常に重要ですし、それぞれの特徴を生き生きと再現できるほど科学は強力なものではありません。ですから私は続くセクションでは、それぞれのメディアについての教育的なアフォーダンスの考え方を提案します。その中でそれぞれのメディアに関する最も重要な教育的特徴について、私の考えを説明しましょう。
しかし、それぞれの学問領域で皆さんは働いているわけですから、一人一人で異なる結論があっても良いでしょう。大切なのはそれぞれのメディアについて、教員の皆さんがそれぞれの学問領域でどのように教育的に貢献できるかを考えることです。そしてそれぞれのメディアの主要な教育的特徴と同様に、学習者のニーズと学問領域の性質の両方を強く理解することが重要です。
メディア間の違いを説明したポッドキャストを聞いてください。(英語)
ポッドキャスト 7.4.1 トニーの毛むくじゃらの犬の物語:再生ボタンをクリックしてください。(41秒)
参考文献
Bates, A. (1985) Broadcasting in Education: An Evaluation London: Constables
Bates, A. and Gallagher, M. (1977) Improving the Effectiveness of Open University Television Case-Studies and Documentaries Milton Keynes: The Open University (I.E.T. Papers on Broadcasting, No. 77)
Berk, R.A. (2009) Multimedia teaching with video clips: TV, movies, YouTube and mtvU in the college classroom, International Journal of Technology in Teaching and Learning, Vol. 91, No. 5
Bloom, B. S.; Engelhart, M. D.; Furst, E. J.; Hill, W. H.; Krathwohl, D. R. (1956). Taxonomy of educational objectives: The classification of educational goals. Handbook I: Cognitive domain. New York: David McKay Company.
Clark, R. (1983) Reconsidering research on learning from media Review of Educational Research, Vol. 53. No. 4
Gibson, J.J. (1979) The Ecological Approach to Visual Perception Boston: Houghton Mifflin
Koumi, J. (2006) Designing video and multimedia for open and flexible learning. London: Routledge.
Koumi, J. (2015) Learning outcomes afforded by self-assessed, segmented video-print combinations Academia.edu (unpublished to date)
Krathwohl, D.R. (2002) A Revision of Bloom’s Taxonomy: An Overview. In Theory into Practice, Vol. 41, No. 4 College of Education, The Ohio State University. Retrieved from https://www.depauw.edu/files/resources/krathwohl.pdf
Marton, F. and Säljö, R. (1997) Approaches to learning, in Marton, F., Hounsell, D. and Entwistle, N. (eds.) The experience of learning: Edinburgh: Scottish Academic Press (out of press, but available online)
Mayer, R. E. (2009) Multimedia learning (2nd ed). New York: Cambridge University Press
Olson, D. and Bruner, J. (1974) ‘Learning through experience and learning through media’, in Olson, D. (ed.) Media and Symbols: the Forms of Expression Chicago: University of Chicago Press
Salomon, G. (1979) Interaction of Media, Cognition and Learning San Francisco: Jossey-Bass
Salomon, G. (1981) Communication and Education Beverley Hills CA/London: Sage
Schramm, W. (1977) Big Media, Little Media Beverley Hills CA/London: Sage
Trenaman, J. (1967) Communication and Comprehension London: Longmans